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2005.06.17

宇宙事業のコスト・カッター

54億円もの賞金を出すと決めたホテル経営者のねらいは、
意外なことに、宇宙開発に大幅なコスト削減をもたらすことだという

●UFOに魅せられて

 宇宙でホテルを開くために5000万ドル(54億円)もの賞金を出すことにしたアメリカ人がいると聞いたときには、ずいぶんブッ飛んだやつがいるものだと思ったけれど、あれこれ調べてみると、一応もっともな理屈と筋道があるらしい。まあ、いくらお金がうなっているカネ持ちでも、54億ものカネを無駄に使ったりはしないようだ。
「アメリカ宇宙賞」と名づけた5000万ドルの賞を設定したのはラスベガスのホテル業で成功したロバート・ビゲロウという億万長者だ。ビゲロウ・エアロスペースという会社を99年に設立し、宇宙事業に乗り出している。
 ラスベガスのホテルというと超豪華ホテルを想像する。しかし、「バジェット・スイート・アメリカ」という彼のホテル・チェーンは、ホームページに「週199ドルから泊まれる」と書かれているとおり、それほど高級というわけではなく、長期の宿泊客ねらいのホテルのようだ。ラスベガスだけで9つ、そのほかテキサスやアリゾナに14ある。ビゲロウはほかにもマンションや不動産を持っているらしい。
 宇宙事業のために'15年までに5億ドル(約540億円)を投じる準備ができているとビゲロウは言っている。彼のホテル・チェーンや不動産などをあわせると10億ドルになると、ラスベガスのデベロッパーが5年ほど前のニュース記事で試算していた。アメリカの不動産価格はその後も上昇しているから、5億ドルなら出せるというのははったりではなさそうだ。ビゲロウ・エアロスペースはすべてビゲロウの出資で成り立っており、うるさい株主がいるわけでもなく、奥さんの顔色だけ見ればいい、というのが彼の言い分だ。
 このビゲロウという人物は、自分のことを書かれるのが好きではないらしく、ネットで検索しても突っこんだ記事は少ない。個人的な情報としては、現在60歳ということと、SF好きでUFOの研究に入れこんで、超常現象の研究所を作ったりしたことがあるらしい、といったことぐらいだ。しかし、目立つのが好きでなかったとしても、宇宙ビジネスや5千万ドルというビッグな賞を始めれば、もはや注目されないわけにはいかない。

●NASAが開発していた宇宙住居

 X賞というすでに受賞者の決まったロケット打ち上げの賞金レースでは、3人乗れる宇宙船を民間の資金で作り、2週間のあいだに高度百キロの準軌道まで2回行って帰ることに成功したチームに1千万ドルを授与するというものだった。ビゲロウの「アメリカ宇宙賞」は、賞金が5倍になったぶんだけハードルも高くなった。2010年1月までに5人以上を乗せて、60日間のあいだに同じ宇宙船で2度、X賞の高度の4倍の400キロメートルまで行って帰ってこなければならない。
 条件はまだまだある。再利用可能な宇宙船を建設するのはX賞と同じだが、消耗品は宇宙船の20パーセント以下と決められている。また、ビゲロウ・エアロスペースは、宇宙へ行くことよりも、むしろ滞在することを目指しており、レースに参加する宇宙船は、同社の宇宙住居にドッキングし、少なくとも6か月滞まることが可能だと証明しなければならない。
 ホテル経営者だけあってビゲロウは、滞在することができてこそビジネスになると思ったようだ。ビゲロウ・エアロスペースは、宇宙で膨らませて使える宇宙住居を開発している。宇宙に滞在できるようになれば、ホテル業だけでなく、真空や低重力の環境でのバイオの実験とか、新薬や新材料の開発などで企業の利用も見こめる。また、月面基地などで住まいや倉庫としても使える。人間が利用可能な宇宙空間を低価格で提供できればビジネスになるはずという計算だ。
 じつはこうした宇宙住居の開発はもともとNASAがやっていた。「トランスハブ」と名づけ、膨らませて使える宇宙住居を作る計画だった。軽くて小さいならロケットに積みこみやすく、コスト削減につながり、宇宙の商業利用も可能になる。手狭な国際宇宙ステーションにつなげても使える。いいことずくめのようだが、しかし、どういうわけか(政治的ないざこざにきまこまれたとも言われている)5年前に突然中止になった。ビゲロウはこれに目をつけ、権利を買い受けて、自社で開発を続けることにしたわけだ。トランスハブの権利とともに、ビゲロウはNASAと、人材や技術の交換、NASAの施設の利用などについても取り決めた。

●宇宙ホテルに行く「足」がない

 ビゲロウたちは、宇宙の住居を作っても、そこへ行くための「足」の確保に問題があることに気がついた。アメリカには宇宙ステーションまでの「足」としてスペースシャトルがあるが、このロケットは完全再利用型ではなく、運行にコストがかかる。また、一昨年の「コロンビア」の事故のあと、ブッシュ政権は'10年に引退させることを決めてしまった。それにともなって、ロシアのソユーズの打ち上げ料金は高騰し、もはや民間の会社が支払える額ではなくなってきた。ビゲロウ・エアロスペースは、とりあえず来年の第2四半期には、民間のロケット打ち上げ会社「スペースX」に依頼して宇宙住居の実験をやる予定だが、宇宙住居ビジネスをするには低価格の乗り物を安定的に確保する必要がある。数百キロメートルのところにある軌道に乗って地球をまわるためには、X賞の対象のロケットでは不十分だ。そのためより高度なロケットの開発に賞を出すことにしたわけだ。
 ビゲロウは、5千万ドルの賞の資金を提供するだけでなく、すぐれたロケットのまず6フライトに2億ドル、さらにその先4、5年のあいだの24フライトに8億ドルを払うつもりだという。これだけでも当初予定していた5億ドルの倍になってしまうが、宇宙住居は、完成のあかつきには、ひとつ1億ドルで売るつもりなので、帳尻はあうということらしい。

●民間の会社による民間の会社のための宇宙開発

 ビゲロウ・エアロスペースはそのホームページで、自分たちの使命は、「宇宙ステーション建設のための新しいコストの枠組みを作ること」であり、「政府だけが使える宇宙ステーションと、広く企業が権利を持って使うことができる宇宙ステーションとの違い」を示し、宇宙ステーションの環境を大きく変えることにあると、国家の宇宙独占にたいする挑戦的な言葉を書き連ねている。
「大手企業は、NASAにたいして実際に必要な額の50倍の請求をしている。それで通ると思っているからだ」とビゲロウは言う。これまで宇宙関係の仕事をしてきた会社は、NASAで使ってもらえる前提なので、コストを引き下げる気にならなかった。ビゲロウは、宇宙住居のコストが半分になる程度なら失敗で、劇的な経費カットにつながるものでなければならないと考えている。
 国際宇宙ステーションの使えるスペースは400から550立方メートルぐらいなのにたいして、ビゲロウの宇宙住居「ノーチラス」はひとつ330立方メートルで、二つつなげれば国際宇宙ステーションを超える。費用は、国際宇宙ステーションが'10年までに500億ドルを費やすのにたいし、「ノーチラス」は2つで2億ドル。250分の1ですむ。これだけ低価格になれば客はいるはずと見ている。
 ホテル業というのは、もちろんお客を泊めるビジネスだが、ホテルを建設するビジネスでもある。ビゲロウは、「35年間もそうした『土建業』をやってきた自分には、宇宙での建設業も変わりはない。さまざまな規制があるなか、予算にあわせ、時間どおりにしかるべき場所に住居を作るこれまでと同じことをやればいいだけだ」と言っている。そのためにビゲロウの会社がまずやっているのは「ショッピング」で、世界中から材料を安く買い付けているらしい。
 アメリカのパワーの源には、宇宙への進出というとてつもない事業をこうしたしたたかな計算と自信のもとにやる人間がいるところにあるのだろう。

関連サイト
5千万ドルの賞金を出すことを発表した『ビゲロウ・エアロスペース』のホームページ。宇宙住居「ノーチラス」の写真が載っている。膨らませると、直径6・7メートル、長さ13・7メートルになり、23トンの荷物を載せられる。筒状の部分をいくつもつなげて宇宙ステーションにしたり、ロケットに接続したりできる。ビゲロウ・エアロスペースはまずノーチラスの3分の1の大きさの「ジェネシス・パスファインダー」と名づけた宇宙住居を、下の『スペースX』社のロケット「ファルコンⅤ」の処女フライトで宇宙に運び、実験する予定。
ロケットの打ち上げ事業をやっている民間の会社「スペースX」。ネット上の電子決済システム「ペイパル」の成功などで財をなしたIT企業家イーロン・マスクが作った会社。ビゲロウ・エアロスペースだけでなく、国防総省の依託をうけたロケットの打ち上げなども決まっている。「ファルコンⅤ」の打ち上げは今年の11月に予定されていたが、来年の第2四半期に延びたようだ。
宇宙関係のニュースを追っている『スペース・コム』もビゲロウ・エアロスペースの動きを詳細に伝えている。

(週刊アスキー「仮想報道」vol.390)

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