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2005.04.08

会社は株主のものか

フジテレビはそんなにライブドアを嫌わなくたって
いいじゃないかと思うけれど、“会社は株主のもの”
という発想のウソ臭さも大反発の原因のひとつかも

●「ライブドア・ドラマ」が終わらないわけ

 ホリエモンのメディアについての考え方はちょっと問題があるとは思うけど、特別あこぎなことを考えているわけではないだろう。ニッポン放送やフジテレビの経営に加わったとしても、視聴者が「とんでもない」と感じることをするとは思えない。フジテレビはもともと硬派のジャーナリズムが売りものというわけでもないし、「楽しくなければテレビじゃない」という路線は継承するというのだから、ホリエモンの言うとおり、社員のやる気をそいでトクすることは何もないはずだ。
 いまのメディアの経営者だって、メディアの使命などといったことと縁遠い人はいっぱいいそうだ。最悪でもそうした経営者が一人増えるだけで、その一方、ネットとマスメディアの融合はどんどん進めていくのだろう。はたから見れば、ニッポン放送やフジテレビの反発は少々過剰で、あまりに意固地なように思える。しかし、フジテレビやニッポン放送の経営者や社員には、状況がかなり違って見えているようだ。
 たしかに、ライブドアにたいする彼らの猛反発を見ていると、「“会社は株主のもの”などとホリエモンが言ったって、やっぱりそりゃ無理だよな」という気分は濃厚にしてくる。経済紙や経済評論家たちがいくら「“アメリカ発のグローバルスタンダード(?)”はそうなっている」とか、「お金を出しているのだから会社は株主のものだ」と言っても、社員はもとより、ほんとうのところ経営者だってそう思ってはいないのだから、うまくいくはずはない。
 社員は、生活のためということはもちろんあるにしても、会社のためとかこの上司のためならとか、あるいはいい社長だからなどということも思って働いているのがふつうだろう。少なくとも、移り気な投資家たちのためと思って働いているわけはない。経営者も、「株主の利益を最大化するために働いている」などとホリエモンのようなことはたいてい言わず、「社員が働きやすいように仕事しています」みたいな口あたりのいいことを言う。日本ではとくに、たいていの会社の取締役は株主の利益を代表しているわけではなくて、功なり名をとげた社員がなる地位なのだから、社員とそれほど意識が違うはずはない。社長にしたって、オーナー社長でもなければ会社員のひとつのゴールでしかないのだから同じことだ。“会社は株主のもの”というのは、会社で働いているたいていの人の直感的な理解と大きくかけ離れている。
 現実と理屈がこれほどずれているのは、会社で働く人にとって会社は売り買いされるモノではなくて、生活の場で、人生そのものだったりするからだ。
 そう思って働いているのに、気軽に売り買いできるモノのように言われれば誰しも腹が立つだろう。そう考えてみると、ニッポン放送やフジテレビの社員の反発も理解できるような気はしてくる。
“会社は株主のもの”というのはウソくさいけれど、それがルールだとみんなが思えば、たしかにそれはルールになる。だけど、「クルマも来ないのに赤信号で立ち止まっているのはおかしい」とみんなが思い始めればルールはなしくずしになる。“会社は株主のもの”ということについてもそんなところがあるのではないか。
 実際のところ、ライブドアが“会社は株主のもの”というルールを当然のことと思い、ニッポン放送やフジテレビに守らせようと思ったら、法律を使って実力行使するしかなくなってきた。理屈上は「もう詰んでいる」はずだったのに、法律を使って差し止めないと、どんどんそれから逸脱した方向に走ってしまう。そして気づいてみると、あれよあれよという間によくわからない形勢になっている。ライブドアのいまの立場はそんなところだろう。和解せずに戦い続けるとしたら、裁判所に頼るしかなくなっている。
 こうした成りゆきは「想定内」だったとはとても思えない。もう詰んでいるのに籠もって戦い続ける将棋の「穴熊」のような戦術をしても仕方がないとホリエモンは言ったけれど、攻められたほうはそんなに簡単にあきらめなかった。そして、あきらめる気がなければじつにいろいろな手はあるもので「ライブドア・ドラマ」は延々と続いていく、ということらしい。

●転職は平均14パーセントの賃金ダウン

 会社は生活の場で、(ときにはなはだ厄介なことに)人生そのものだから“会社は株主のもの”という考え方は受けいれられにくいと書いたけど、逆に言えば、「会社はお金を得るためのたんなる道具」と会社をモノのように思えたら、そうした考えを受けいれられるわけだ。しかしそのためには、少なくともいつでも会社を変われる環境が必要だろう。某人材派遣会社の広告ではないけれど、いやな経営者や上司、意見の合わない株主が来たら、電話一本でいつでもそこを辞めてほかの会社に同等以上の条件で移れるのであれば、会社がモノとしてて売買されてもそれはそれで仕方がないと、社員も経営者も思える。そうした環境がないところで、いくら“会社は株主のもの”と言われても、法律論はともかく、感情的には受けいれにくい。とくにニッポン放送は「ラジオが命」みたいな職人かたぎの人が多いというし、また大手のマスコミ人も、いまいる会社を辞めて同じ条件の仕事をすぐに見つけるのはむずかしそうだから、反発はより強くなるのかもしれない。
 さらにそうした感情論以前に、会社を突き放して見られるようになったら、会社にとっても社員にとってもそもそもハッピーなのかという根本的な問題がある。戦後の日本が長くそうだったように、会社こそが人生と思って死にものぐるいで働いてくれるほうが、実際のところ会社にとってはありがたいにちがいないし、社員も「会社は人生そのもの」と信じて裏切られなければ、それはそれで幸せな一生だろう。
 そうした時代は去りつつあるといまや多くの人が感じているわけだけど、「会社は永遠ではないし、ずっと頼りになるわけでもなくて、ときに合併や買収の対象になる」ということを、経営者も社員もそうとうに無理して納得しようとしているというのが現実ではないか。
 などということを考えながら、手もとにあった経済学者の岩井克人さんの『会社はこれからどうなるのか』という本を開いたら、会社は、人でもモノでもある不思議な存在だといったふうに説明されている。買収されたりしてモノと同じように売買されるかと思うと、人のようにふるまって資産管理や契約をしたり人を雇ったりする。そして、社員が「会社人間」でなくなった場合、GDPが2割ぐらい落ちると推測されるとも書かれている。社員の賃金も、転職すると平均14パーセント減るというアメリカの研究もあり、会社と社員の一体感を強めたほうが社会にとっても働く人々にとっても結局トクらしい。会社をモノ化する株主主権は産業資本主義の考え方で、人的資源が重要なポスト産業資本主義にはそぐわないのだそうだ。
 経済学者の岩井さんはもちろん、経済学とか法理論に沿って「会社は人のようでもモノのようでもある」と言っているわけだけど、気持ちの問題としても同じことが言えるだろう。「会社がモノと同じ」であれば、働いている人々が会社に入れこんで人生そのもののように思うのはおかしい。けれども、人のようにふるまい、とりわけ経営者や上司が会社の「人らしさ」を体現して社員と接し、社員は社員でその会社の仕事が好きで、ほかの会社で働くことなど考えたこともない、となれば会社はモノ以上の存在になる。そうしたところへ突然、会社をモノのように考える買収者が出現したりすれば、大きな反発を呼ぶことになる。
 古い体質がよくもわるくも残っているマスコミという会社組織に、“会社は株主のもの”という日本の現実にあわない発想が持ちこまれて大爆発した、「ライブドア・ドラマ」の展開にはそうした要素もありそうだ。

関連サイト
●「大人の知恵がある」と「ライブドア・ドラマ」に新規参入した北尾吉孝ソフトバンク・インベストメントCEO。「堀江さんは優秀だけど、買収される側の気持ちを考えてみるべきだ」と言う。まあそのとおりではあるだろうけど、やけに迫力のあるこの人もなんだか怪しげに見えるのはなぜ?
 フジテレビやニッポン放送と共同出資のファンド設立を発表した北尾氏の記者会見のビデオは同社のサイトで公開されている。
3月12日の朝日新聞別刷り経済面に掲載された、ライブドアとフジテレビのどちらを支持するかについてのアンケート。ネット調査なのでライブドア支持が6割と多いが、おもしろいのはライブドア支持の理由。2100人のライブドア支持者の7割近くの支持理由は「別に悪いことをしていない」。複数回答で、以下の答えを見ても、ライブドアそのものへの支持というより、フジテレビや政財界の反応への反発からライブドア支持にまわった人が多いことが見てとれる。
 ホリエモンを支持するかどうかは、答える人がそもそも会社についてどういうイメージを持っているかによって変わるのではないか。会社と自己同一化している人はライブドアのやり方に反発し、若い世代や女性、あるいはこれまで会社に縛られていてうんざりしている人など、会社に人生をかけるのはまっぴらと思っている人々はライブドアに親近感を感じるのだろう。
3月26日と27日に行なわれた毎日新聞の世論調査。堀江氏への評価は「支持する」42%、「支持しない」43%と二つに分かれているが、既存のジャーナリズムは必要ないということについては、「理解できない」が63%、「理解できる」は22%。
経済学者の岩井克人さんの『会社はこれからどうなるのか』。株主主権を株主が押し通そうとして急激に業績を悪化させた会社の例とか会社乗っ取りの仕組みなどについても書かれていて、「ライブドア・ドラマ」の解説書としてぴったり。「会社は株主のものでしかないと主張する株主主権論は法理論上の誤り」だそうだ。

(週刊アスキー「仮想報道」 vol.381)

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