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2005.01.28

年賀メールの勧め

始めてみると年賀メールはいいことづくめだった。
年賀状シーズンは終わったばかりだけど、郵便局に
うらまれないようにいまのうちにこっそりと‥‥

●電子メール世代と年賀状

 今年の年賀はがき販売枚数は前年より4・5パーセント減って不振だったらしい。不振といっても38億5000枚売れたというから、生まれたばかりの赤ん坊までふくめても一人平均30枚は出していることになる。
 ピークは99年の41億9500万枚。昨年は前年を上回って40億枚を超えたものの、それを除けば減り続けている。郵政公社は災害で年賀ムードが盛り上がらなかったことに加えて、電子メール世代の年賀状離れが原因と見ているようだ。「電子メール世代」というのは若者世代のことだろうから、たぶん私は入っていないと思うけど、じつは今年から年賀状を大幅に減らし、かわりに年賀メールを出すことにした。
 メールアドレスを知らない人や、今年の私の年賀メールの内容(というほどのものではないけど)にそぐわない友人・知人にはこれまでどおり年賀はがきを出したが、それ以外は年賀メールにした。本誌の原稿などを載せたウェブサイトを開設しそのお知らせもかねていたのでメールのほうがいいと思ったのだ。お正月に来客で忙しいという人は減っているし、お屠蘇気分でけっこうヒマだったりする。メールからワンクリックでアクセスできるようになっていれば知り合いのサイトを覗いてみようと思う人もいるだろう。そういう人には、はがきよりも年賀メールのほうが親切だ。そう考えて年賀メールにしたのだが、決めてみると、いろいろと都合がいいことに気がついた。
 暮らしていれば当然ながら知り合いは年々、増えていく。私のようにあまり人に会わない引きこもり同然の生活をしていても(外でイヤなことがあったとかではなくて締め切りに追われているからですが、念のため)自然そうなる。ほっておけば出す年賀状の枚数は増えていく一方だ。もうこの人に出すのはやめようかなと思ったりするけれど、それってけっこうイヤなものだ。まあ実際のところ私から年賀状が来なくなってムッとする人はいないと思うけど、決断するほうはそれなりに悩む。増える一方でも困るし、新しく知り合った人にも出したいし。ふだんあまりあわない人だからこそ年賀状ぐらいはと思ったりもする。「うーん、どうしよう」ということを毎年やっていた。たぶんこれを読んでいる人の多くも年末ごとにそうした煩悶を繰り返しているのではなかろうか。
 でも年賀メールなら数を心配する必要はない。同報メールで送るリストに加えておけばワンクリックで一度に送れる。悩みが吹っ飛んで、こんなことならもっと早くにそうするんだったと思ったぐらいだ。
 それにもうひとつ、年賀メールのほうがいい理由がある。私の場合、年末に年賀状を出すときに、その年もらった名刺を整理して必要な人の名前や住所をパソコンに入力し、年賀状を作成して出していた。けれど、実際のところ、あとあと必要になる知り合いの情報は住所ではない。もはや電話番号でもない。圧倒的に電子メールのアドレスである。
 メールで連絡ができると思っていたのにわからなくって困ったということはしょっちゅう起こる。住所録を更新するよりもメール・アドレスを残しておくほうがずっと役に立つのだ。ということで、もらった名刺をもとにメール・アドレスを入力し、年賀メール送信者リストに加える。そうやって一年に一度、年賀メールを送ればアドレスが有効かどうかも確認できることになる。
 私の個人情報についても、知ってもらって役に立つのはメール・アドレスだ。電話ぎらいなので、電話番号なんかはわからなくなってくれたほうがむしろありがたいぐらいで、そのぶんメール・アドレスはますます重要になっている。電子メールは世の中とつながっている唯一の通信手段といってもいいぐらいだ(少々大げさだけど)。
 これまでだったら、住所録とかに書いていなくて私の連絡先を知りたい人は、年賀状を繰って探さなければならなかった。しかし、毎年、年賀メールを出しておけば、メール・ソフトのアドレス帳などに登録していない人も、元旦のメールを探せば私の連絡先が簡単に見つかることになる。よく使われているメールソフトの検索はかなり遅いから、元旦のメールを探すことを思いつかずに検索するとちょっと時間がかかるかもしれないが、それでも年賀状を繰って探すよりは早いはずだ。
 まあそうこう考えていくと、結局リアルな空間の連絡先よりデジタル空間のアドレスのほうがずっと重要になっていることに気がつく。あらためて意識してみると奇妙な話だけど、今さら言ってもしかたがないぐらいにそうなっている。

●「年賀メール時代」に突入して
 
さて、年賀メールにすることにはしたものの、まだ決めなければならないことは残っていた。
 年賀メールのサービスはポータルサイトなどが提供している。そのなかから選ぼうかなと思ってあれこれ見比べはじめた。ところが、そうしたサービスではいずれも、「カードが届いています」というお知らせメールが相手に届き、受けとった人はメールを開いてそこに書かれているリンクをクリックしウェッブ上の年賀メールを見る仕組みになっている。
 でもそれってちょっと面倒だ。メールを開いてワンクリックしウェブ・ページが表示されるのを待たなければならない。年賀メールを送っている人はまだそれほどいないだろうから問題は少ないかもしれないけれど、こうしたメールをたくさんもらったら、「あー、面倒だな」ということになる。また逆にこういうことに慣れていない人は、「なんだか怪しいメール」と思ってアクセスしない可能性もある。それに、サービス提供会社のマークやリンクが入っているので(無料サービスだから仕方がないけど)正月早々ポータルサイトの宣伝活動の片棒をかつぐのもいやだった(といっても年賀状も「日本郵便」とサービス提供元のクレジットが入っているわけだから慣れの問題もあるのだろう)。
 結局、年賀メールを自分で作成して送ることにした。フリーの羽子板のイラストをダウンロードしてhtmlメールをちょっとレイアウトする。ただ、htmlメールを受信しない設定になっている人の場合はイラストが表示されず、レイアウトもくずれてしまう。羽子板を見ても仕方がないのでどうでもいいといえばいいけど、それではあまりにアイソがない。年賀状ソフトで作成した年賀はがきの電子データも添付しておくことにする。
 送る時間についてもちょっと考えた。12時過ぎの年が明けたと同時に送りたいのはやまやまだけど、通信が殺到しがちなこの時間は避け、元日の朝、送る設定にした。
 とまあ、年賀メールはまだそれほど一般的でないし、それなりに気を使ったわけだ。名刺を交換しただけの人にも送ったりしたので「これ誰からだ。迷惑メールかな」なんて思った人もあるいはいたかもしれない。しかし、しばらく連絡をとっていなかった人からも返事が来たりして、やっぱりメールにしてよかったと思った。
「年賀メール時代」に突入した私から見ると、年賀はがきというのはじつはけっこう不思議なことをやっている。「元気でやっていますか?」とか書いても返事が来るわけではない。お互いに「元気でやっていますか?」という年賀はがきを送りあって終わりなどということもしょっちゅうある。まあ、答えを聞きたいというよりも、相手を気づかっていると知らせることが大事だったりするわけだけど、メールならば、返事を出すのは容易だ。実際に今年の正月は年賀はがきよりももう少し中身のあるやりとりもできた。
 郵政公社は一昨年4月に発足したばかりで民営化もされるのだろう。週刊アスキーのこの記事のおかげで、またまた年賀はがきの売り上げが減ったとうらまれても困る。来年の年賀状までまだ間がある今のうちに書いておくので、覚えていたら試してみてください。

     *

 年賀メールの利点をあれこれ書いたけど、「メールでは味わいがない」という意見には抗すべき言葉はない。まあ、こう思うかどうかが「電子メール世代」かどうかの実質的な分かれ目ということになるのかもしれない。新しいIT環境を受けいれるかは最終的には「慣れ」の問題になってくる。

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