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2004.11.11

携帯電話と出版社によらない電子書籍

 電子書籍市場はどうやったら立ち上がるだろうか。
 松下の電子書籍端末の仕掛け人、鈴木雄介イーブックイニシアティブジャパン社長は、シグマブックは実質2200台ぐらいしか出荷していないと「本とコンピュータ」2004年秋号で明かしている(28頁)。

 もうひとつの電子書籍端末、ソニーの「リブリエ」のほうも、「とても売れている」という話は少なくとも聞かない。本誌でも繰り返し書いたように、専用端末をほんとうに普及させようとしたら、雑誌や新聞の長期定期購読の見返りに「ただで配る」ぐらいの思いきったことをしなければ、やはりむずかしいのではないかと思う。
「本とコンピュータ」のこの号では、講談社のウェブ・サイト「Web現代」が月4000万円を切るぐらいの売り上げになったと元木昌彦創刊編集長が言っている。有料コンテンツと広告がおもな収入源だろうが、そんなに売り上げがあるのかとびっくりする。昨年の電子書籍市場は15億円ぐらいと言われている。「Web現代」がこの推計に含まれているかどうかはわからないが、年4億円ほどになると思われる「Web現代」はそれだけで電子書籍全部の3割近い売り上げということになる。もっとも黒字化するには月5000万円の売り上げが必要だそうで、ようやく現実的な見通しになってきたというもののまだ赤字のようだ。
「Web現代」に載っている広告はそれほど多くはないし、有料コンテンツには収入の得やすいアダルト向けが含まれている。こうしたコンテンツのサイトは利用者がクレジットカード情報などの入力をためらうのがふつうだが、大手出版社のサイトならば信用を得られる。そうしたメリットが収入増につながっているのだろう。しかし、アダルトでは、これで「電子書籍の明るい未来」というわけにはいかない。
 専用端末の登場で「電子書籍元年になる」などと騒がれていたのを尻目に、ほんとうに売れているらしいのは、携帯電話向けの電子書籍である。auの電子書籍の売り上げは、昨年12月からの7か月間で9・2倍、番組配信サービス「EZチャンネル」の総売り上げのうち平均で54%を占める割合だったという。有力な携帯コンテンツになってきたというわけだ。電子書籍市場はここしばらく携帯向けが中心となって拡大していくのだろう。携帯電話の小さなディスプレイでは、当然ながら読めるものに制約がある。しかし、マンガなども携帯コンテンツとして加わっており、コンテンツ提供側は、携帯に向いた電子書籍を積極的に開拓していくにちがいない。つまり短くて軽いコンテンツが重視されることだろう。
 ではその先、あるいはそのほかはどういうことになるだろうか。
 この原稿を書いているいま、プロ野球ストの話題でもちきりだ。老舗球団企業の経営者が排他的な言動を繰り返し、ついにストに突入したわけだが、周知のとおり、ライブドアや楽天といったITベンチャーが、新規参入をめざそうとしている。それを見ていて、電子書籍市場がもし本格的に立ち上がるとしたらこうした形かもしれない、という気がしてきた。「出版界とプロ野球を一緒にするな」と怒る人もいそうだが、やる気満々の若手ネット企業家が経営の苦しくなった大手出版社を買い取り、豊富なコンテンツを使ってビジネスを始めたときには、それまでと打って変わったスピードで電子書籍市場が立ち上がるのではないか。とはいえ、若いネット企業経営者たちが、本という「オールドメディア」に関心を持つかどうかは問題だ。出版は映像や音楽に比べれば権利関係がシンプルだから、あるいはと思うものの、ネット企業が興味を示すのは、いうまでもなく紙の媒体そのものではなく、自分たちのサイトで新しいサービスを提供するためである。出版社の本にはネット向きのものとそうでないものがあるし、出版物をそのまま電子化できるとはかぎらない。そうした出版物群を高いお金を出して買おうとするだろうか。
 彼らが電子出版に乗り出すとしたら、もっと違ったことをやるのではないか。インターネットというのは、誰もが情報発信できるメディアである。もちろん大半はアマチュアの手によるものだが、(出版界の人々が思いがちなように)素人のコンテンツ制作ではビジネスにならないかといえば、そんなことはない、ということをネット企業はよく知っている。彼らにとって価値の源は参加者の数にある。それぞれ情報を持っている大勢の人が、同じく多様な人々に向けて情報を発信する、それがインターネットであり、そうしたやりとりの中からビジネスの種を見つけているのがネット企業である。ネット企業家たちは、一握りのプロの書き手ではなく、多数のアマチュアたちをビジネスの対象として考えるだろう。たとえプロの書き手に関心を持つとしても、紙の本向けに書かれた既存のコンテンツの再利用よりも、ネットで流通しやすいコンテンツを求めるだろう。こうしたビジネスのためには既存の出版社を買収する必要はないのかもしれない(つまり既存の出版社によるものとは別の形の電子出版活動がありうるということでもある)。
 私は、さしあたりマンガ同人誌のフリーマーケット「コミケット」のような電子書籍市場が立ち上がる可能性はあると思う。「コミケットのような」というのは、マンガのマーケットという意味ではなく、セルフメイドの出版活動ということだ。ネット企業が個人の電子出版化を助け、また個人のコンテンツにアクセスしやすくする方法を提供する。
 すでにそうした端緒は現れている。たとえばプロ野球騒動ですっかり有名になったライブドアは、ウェブで読む電子書籍作成ソフトの発売を発表している。1万円ぐらいの価格のソフトで、個人が簡単に電子書籍を作ることができ、専用のビュアー・ソフトなしで閲覧できるそうだ。また、ネット広告会社「サイバーエージェント」は出版子会社を作り、取締役に就任した作家の山川健一の本を皮切りに、サイトで公開して人気の高かった作品を出版するビジネスを始めるという。新興の出版社による出版ではあるが、出版物にする作品を選ぶのは出版社ではなくて読者というわけだ。
 誰もが簡単に電子書籍を作れるようになれば、売買するマーケットも生まれるにちがいない。それをサポートするサービスもすでに生まれている。たとえば大手プロバイダーのニフティは、デジタル・コンテンツの個人間決済システムを提供している。会員でなくても販売登録料無料で利用できる。
 これらのサービスを組み合わせて、広い意味での「個人出版」のマーケットができていくかもしれない。8月下旬号で紹介した文化庁の「バーチャル著作物マーケット」の実験などもこうした方向の試みだ。
 このマーケットの参加者はアマチュアばかりとはかぎらない。ミステリー作家らによる直販サイト「e-Novels」の存在はよく知られているが、たとえば若手の批評家・東浩紀は、ニフティの決済システムなどを利用しながら、編集している有料メールマガジンや雑誌を直販する活動を始めている。大部数の発売を期待するならともかく、熱心な固定読者向けに著作を売るならウェブ・サイトで十分かもしれない。電子媒体からオンデマンド印刷なども使った紙の本の制作まで中小の出版活動をサポートするビジネスが次々現れ、広い意味での電子的出版活動を活気づけていくということはきわめてありそうだ。読みやすい端末が普及しなければ、とりあえず書き手側の欲求によって生まれる電子出版ということにならざるをえないかもしれないが、こうしたことのなかから次の動きが出てくるのではないか。プロの書き手を相手にしてきた従来の出版にかかわる人々には興味をそそられない方向性かもしれないが、誰もが簡単に出版でき、それらの作品を広く読める仕組みができるというのは、出版の理想的な形態ともいえるのではなかろうか。このような電子的出版活動がグーテンベルク以来の出版の形態をドラスティックに変えていくのだと思う。

(出版ニュース 2004年10月中旬号)

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