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2004.10.25

ブック・ファンド

 本や音楽、映像などの著作物はほかの商品と同じように売られているが、じつは原理的にはかなり異なったものなのではないか。パッケージ化されて売られているからほかの商品と同じように考えられているが、著作物が電子的な形で流通するようになればいずれはその独自性が現われてくるのではないか、そんなふうに私は思っている。
 著作物の独自な点はいろいろあるが、今回とりあえずひとつ上げれば、この商品には、儲からなくても満足する関係者がいるということだ。

 その一人は著者である。もちろんお金がほしくて原稿を書いている人もいるが、そうでない人もまたけっこういる。
 これは出版界で暮らしていれば誰もが感じることだが、そうしたことも踏まえてまったく新しい出版ビジネスを始めた人がいる。英治出版という出版社の社長、原田英治氏だ。
 原田氏は外資系のコンサルティング会社出身で1999年に同社を設立した。英治出版は投資を募って出版費用を捻出するという方法で、これまで20のファンドを組み、ビジネス書を中心に22冊を世に送り出している。ファンドを組んで出版するというと聞こえはいいが、これから出る本にお金を出す人はそうはいない。本を書く当人とその知り合いとかだろう。結局のところ一種の自費出版ではないかと思っていたところ、 原田氏の話を聞く機会があった。
 制作費を払うのではなくて投資をするわけだからいわゆる自費出版ではないが、少なくとも現在のところはやはり出資者は著者本人か、企業などが一種の宣伝のために本を出したいというケースが多いらしい。しかし、だから売れないかというとそうでもないようで、『女子大生会計士の事件簿』という本の著者は17社に企画を持ちこんだものの出版社が見つからず、同社でブック・ファンドを組み出版したところシリーズ累計10万部のヒット作となったという。
 もちろん12か月後に設定されているファンド償還時に黒字になる本ばかりではない。出資者が損することもあるわけだが、それでも出版することはできたわけで、その点に関しては著者である投資家の満足は得られたわけだ。
 原田氏によれば、これまでの出版事業は読者からお金を取るという発想しかなく、そのため短期勝負で資金を回収する必要に迫られ、金銭的価値に左右されることになった。本の社会的価値は時間の経過とともに上がっていくこともあるわけで、長期で見なければならない。著者が投資家になるというのは、そうしたことを可能にするビジネス・モデルだという。
 たしかに出版後に読者から出版資金を回収しようと思うと「できるだけ早く売らなければ」ということになるが、出版ファンドの場合、出版の費用は、本が出る以前に投資家から得てしまっている。出版社側のリスクも少なく、ゆっくり売ることができるのだろう。私などには思ってもみなかった考え方で、唖然とさせられた。
 投資家に利益を分配する償還期限はあるが、もちろんそれ以後も本を売らないわけではない。オンデマンド印刷や電子書籍などの方法も使って、英治出版は絶版にしない出版社だそうで、償還期限後も本が売れれば印税は払われる。
 また、ファンドを組むときには、その内容を明記した目論見書を作る。本ごとに作成するので、印税を何パーセント払うか、広告宣伝費やデザインにどれぐらいのコストをかけるかをそれぞれ決めることができ、自由度が高いという。企業イメージや個人が名前を売りたい場合などは、「印税はいらない代わりに広告をめいっぱい打ってくれ」とか、「デザイナーに成功報酬を渡すために印税を下げる」などといったことが可能だ。著者が投資家である場合は、印税を下げて広告やデザインにお金をかけた結果、本が売れれば投資家の利益になり、メリットがあることになる。一律何パーセントの印税というのは一見透明性があっていいように思うが、出版社と書き手が話し合いのうえ双方が納得して取り決めるほうがじつは合理的なのかもしれない。
 英治出版はまだ若い出版社だが、ファンドは無利息の借金であり、そうやって余裕資金を得られたためか、日韓合弁会社を設立し、日本で売れている本を韓国で出したり、韓国の本を日本で出す事業を始め、やがては英語圏などにも進出し多国籍事業を進めていきたいとのことだった。
 実際のところ、ほんとうにお金儲けをしたい著者にとっても、ブック・ファンドで本を出したほうが得だろう。ブック・ファンドならば印税のほかに投資の見返りも得られる。実際に印税以上の額を手にした著者もいるそうだ。著者が出版社を作って本を売れば儲けはすべて著者の手にはいるが、出版社を作るのはやはりたいへんだ。このブック・ファンドでは出版社を設立しなくても、本一冊から投資家としての利益を得られる。出版というビジネスの独自性に沿った驚くべきアイデアだ。

(出版ニュース 2004年9下旬号)

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