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2004.08.24

編集者はいらない?――京極夏彦氏の怪気炎

 ある情報教育関係の専門誌の原稿依頼を受けた。送られてきた執筆要項を見ると、原稿はワードで作成し、余白・字詰め・行数・行間、本文・タイトル・見出しの文字の大きさ、句読点の文字種まで細かく指定されている。

 執筆者の多い事典類ではそうした要項が作られることもあるが、これは執筆者の限られた薄い雑誌である。その指示の細かさには正直なところカチンと来た。入稿原稿に近い形でほしいという気持ちはわかる。でも、デジタル原稿なら行数を数えるのはあっという間だし、句読点の置換も簡単だ。なんで執筆者ひとり一人に執筆要項をにらみながらそこまでさせるのか。これでは編集者はいらないじゃないか、と思ったのだ。もちろん行数数えや句読点の統一のために編集者がいるわけではないけど、その横着さには腹が立った。「でもまあ、人手がないんだろうな」と少人数の編集部にいた悲しさで、文句のひとつも言わずに原稿を渡してしまった。
 そんなふうに怒っているときに、ちょうどブックフェアがあった。凸版印刷のブースを覗いたら、京極夏彦氏らによるパネル・ディスカッションがあるという。「『勝利のシステム』・その後‥‥」と題して、凸版印刷が扱っているアドビのDTPソフトの宣伝のためのパネルだった。誰も笑っている人はいなかったけど、これは抱腹絶倒の座談だった。京極夏彦氏の相手を務めたのは、京極氏の担当者の大手出版社の文庫の担当者と、凸版印刷の担当者である。
 京極氏は、本のデザインにこだわることで有名だ。本文の字組にまでこだわりがある。校正で指定しても直ってこず、苛立つことが多かったという。結局、編集者がプロセスを知らないと望む品質にはならない。京極氏は、DTPソフトを使って自分で入稿原稿を作ることにした。DTPはそれを可能にするツールでもあるわけで、凸版印刷は、そういうことを言い出してくれる著者を待っていたのだそうだ。また、京極氏の小説はむずかしい漢字が頻出するので、DTPソフトのおかげで作字の量が減り、校正者も喜んだらしい。
「この日を待っていなかったのは編集者だけ」と編集者氏は自嘲気味に語る。パソコンも使ったことがなかったというのだから、さぞ大変だっただろうと思うが、しかたがなくDTPソフトを習得したという。(宣伝のためのパネルだからだろうが)やり始めてみると意外に簡単だったと言うが、ただし、「自分の仕事は何なんだ」とは思ったのだそうだ。著者がDTPをやるようになってカルチャー・ショックを受けたという。
 京極氏は、版面権などがあって作家が自分のデータを自由に使えず、違う出版社で出すときにはあらためて文字を組まなければならないことに驚き、何と無駄なことをやっている業界なんだとあきれ、版面の使用について出版社に尋ねたそうだ。訊かれた出版社は出版社で驚き、編集者はそんなことを考えたこともなく、「ゲラを転記していると仕事をした気になっていた」。しかし、著者がDTPで原稿を作り自分で校正するようになって、そうした仕事はなくなってしまった。では、著者とお酒を飲んだりゴルフをしたりするのが仕事なのか。お酒を飲まずゴルフをしない著者だったらどうするか。あと残っているのは工程管理や品質管理の仕事である。それらをきちんとして質のいい本にする。しかし、編集者はそこまでしなければいけないのか。「そのとおりだ!」というのがいささか戯画的に語られたこの編集者氏の結論だという。
 DTPで入稿原稿を作成をしている京極氏も、「本来、データの加工は著者がするものではない。その管理をするのは編集者の仕事だ」と言う。そして、「使っているソフトはアドビのだし、凸版印刷も出版社もたまたまそこだっただけで、いくらでもいいところと組む!」と宣言し、私には相当に刺激的に思えたこのパネルは終わった。
 著者がデータの加工までやってしまえば、編集者も出版社もやることはない‥‥というのはもちろん言いすぎで、原稿の読み手は必要だし、その本の宣伝や販売代金の回収などは誰がやるのか、というのがとりあえず正論ではあるだろう。少なくとも現状では、出版社なしで本を出すのはむずかしい。
 しかし、たいていの作家は次々と書けるわけではないし、苦しい思いをして原稿を完成させている。手間ひまを惜しまず本をいいものにしたいと誰よりも思っている。ところが、出版社や編集者はコスト削減で大幅に余裕がなくなってしまい、速いペースで流れ作業のように次々と本を出していかざるをえなくなった。両者のギャップは大きくなるばかりだ。こんなことなら編集者はいらない、全部自分でやる、と考える著者はますます出てくるだろう。
 ウワサには聞いていたが、京極氏の話はおもしろい。パネルに登場した大手編集者氏でなくても世界観が変わるかもしれない。出版関係者は、機会があればぜひ耳を傾けてみることをお勧めする。

(出版ニュース 2004年7月下旬号)

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