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2004.08.24

コンテンツ・デジタル証券による消費革命の提案(さしあたり一番まとまっている・・・・はず)

インターネットにふさわしいコンテンツ流通とはどのようなものか。
未来のシステムを探る。
(一部「エコノミスト」誌2004年8月24日号掲載)

●価値が変化する著作物は投資対象にふさわしい

 お金を貯めるには、負債を減らして投資を増やすのがセオリーらしい。また、政府やエコノミストたちも、人々がリスクをとって投資するようになるにはどうしたらいいかなどと議論している。「投資を増やせ」というのが経済発展のための合い言葉のようだが、誰も彼もがよく知らない会社に投資するというのはちょっと考えられないのではないか。不動産への投資も、自分の住む家ぐらいは買うとしても、それ以上はなかなか踏み切れない。けれども、ことさらに構えなくても投資の増える方法がじつはあるのではないか、とこのところ思いはじめている。身近で親近感がわき、さらにこれまでは払い捨てにしていた支払いが投資として扱われ、いずれ何倍にもなって返ってくる可能性があるとしたら? そのときは人々はもっと投資にお金をまわすはずだ。投資をすることが個人にとっても社会にとっても望ましいのだとしたら、それは好ましい変化ということになる。
 これまで投資として扱われなかったけれども投資として扱われる可能性があるものは何か。それは新たな価値を生むものだ。いうまでもなく、会社も不動産も利益が出たり価値が上がりうるから証券化されている。著作物もまた将来的に利益を生み価値が上がる可能性がある。実際、コンテンツ制作のための証券化の試みは次々と行なわれ、ちょっとしたブームになっている。映画、音楽CD、本、ゲームソフト、さらにはアイドル育成までさまざまなコンテンツ制作のためのファンドが作られ、資金の募集が行なわれている。
 これらのファンドは制作のための資金集めだから、作品が世に出る前にお金を集めなければならない。企画書やサンプルなどで出来上がりを推測して出資することになる。そうした条件で資金を出す人は、内容をよく知っている企業や投資のプロであることがほとんどだ。ごくふつうの消費者が気軽にお金を出すといったことはなかなか起きない。ゲームや音楽などは玄人はだしの知識を持った消費者がいるし、またネットやケータイで人気が出て単行本化される小説などはシロウトが第一発見者のわけだが、彼らが投資をする側にまわることはこれまでめったになかった(1)。投資家と消費者は別の役割の人間と考えられている。しかし、もしすでに作品が完成していて誰もがネットで簡単に見聴きでき、著作物を購入する感覚で投資できるようになっていたらどうだろうか。その場合は、もっと容易に消費者が投資家になるのではないか。私は金融の世界についてはまったくの素人だが、知的財産の証券化に注目が集まっているにもかかわらず、こうしたことはまだほとんど考えられていないようなので、とりあえず概略を紹介してみたい。

●デジタル証券マーケット(2)

 パソコンの普及によって誰もが簡単に作品を作れ、ウェッブの誕生で誰もが簡単に公開できるようになった。膨大な創作者が現われ、さらにそれを批評し、ウェブで自分の意見を発信する膨大な「批評家」も現われている。しかし、それらの人々はお金とは無縁である。もちろん無償の行為として作品を創り評価する人々がいてこそインターネットは活性化しているわけで、その特質を失うことには大きなデメリットもまた生じうる。しかし、出現した膨大な創作者や批評家をコンテンツ・ビジネスの世界に組みこむことができたとき、コンテンツの世界にとどまらず、経済や社会全般に大きな変化が起こることは確かだろう。
 著作物は、人気が出れば劇的に価値が上がりうる。本来はふつうの商品のようにコストによって価値を決定すべきものではない。また、どんな創作者にとってもまず必要なのは最初に制作資金を出してくれる存在だ。そうしたことを考えれば、制作者にとっても消費者にとっても、購入ではなく、これから書くような投資という形で制作を支えるほうがふさわしく、また社会全体にとってもメリットが大きいように思われる。
 実際のところそうした仕組みを作るのは技術的にはそう難しくはないはずだ。個人が作品を創って発表することはすでにできるようになっているのだから、かなりの部分はすでにできているといってもいい。欠けているのは、マンガや音楽、映像、小説などネットで公開されている作品が気に入ったら簡単に投資できる仕組みである。
 投資というわけではないが、その一歩前のような構想はすでに生まれている。たとえば文化庁は昨年度「バーチャル著作物マーケット」の実証実験を行ない報告書にまとめている。このマーケットでは、著作物の創作者と利用者がネットで連絡をとりあって契約書を作成し、コンテンツを再利用することをめざしている。これはお金を払って作品を利用するふつうの市場のシステムだが、こうしたマーケットをデジタル証券市場にすることはできるだろう。マーケットに登録された作品を見たうえで、投資希望者はネット証券で株を買うのと同様にデジタル証券を購入する。創作者個人のホームページからもこのマーケットにリンクを張り、各サイトで作品を見聴きして気に入った人がリンクをクリックして簡単に投資できる仕組みも作れるはずだ。投資は、創作者の戦略とコンテンツの性格によって作品にしてもいいし、アーティストにしてもいい。
 問題は、そうやって発行したデジタル証券の価値をいかに高めるかだ。
 いまのコンテンツ証券は転売市場が未整備だが、デジタル証券を成り立たせるためにも転売市場は必須である。こうした市場があれば、デジタル証券をほしい人の増加によって売買価格が上昇しうる。あらゆるコンテンツについてそれは共通だが、そこから先はコンテンツの性格によって異なってくる。
 アナログとデジタル双方にわたるコンテンツの場合は、アナログをデジタル証券の価値の裏付けに使う。たとえば音楽なら、デジタル証券を、各ツアーごとに一回コンサートを見に行ける定期券などといった形で発売する。ネットではコピーフリーで誰でも無料で聞けるが、コンサートはデジタル証券を買った人しか行けない。新人のうちはタダ同然でデジタル証券を購入できるが、人気が出てくれば高値になる。ただし、人気が出れば広いコンサート会場で公演できるから、証券の発行枚数を増やすことはできる。その場合は「株式を分割する」と宣言し、分割によって増えた分をデジタル証券市場に出す原則で、すでに証券を買っている人すべてに利益が渡るようにする。証券発行側(制作サイド)は、証券価値が暴落しないように勘案しながら少しずつ発行枚数を増やしていき、証券の一部をキープしている制作者と投資家の利益を確保していく。証券を持っている人は自分でコンサートに行ってもいいし、チケット販売会社に委託して一回分のコンサート・チケットをオークション方式で売って利ざや(一種の配当)を得てもいい。もちろんミュージシャンは永遠に活動を続けるわけではない。しかし、ビートルズや山口百恵、あるいは尾崎豊などの例でもわかるように、解散や引退、死亡によって人気がなくなるとは限らない。デジタル証券を持っている人しか手に入らないアイテムを発行するなどの形で、デジタル証券の価値を落とさないように工夫することはできるだろう。
 本の場合もこうした方式が可能だ。ネットで発表した作品を見て気に入ったら投資希望者は投資額を供託する。一定数集まったら出版される。たとえばデジタル証券一口千円で二千口売れれば、千円の本を五千部作る原価ぐらいの額になる。そこまで集まらなくても、出版後の売れ行きが見込めれば本にできる。出版して売れたらもちろん配当する。出版の費用を捻出するために投資を募るコンテンツ・ファンドはすでにあるが、紙の本を入手する権利としてデジタル証券を発行する。つまり、デジタル証券がないと紙の本は手に入らないことにする。
 一方、書店では、発行されるにいたった紙の本はこれまで同様ふつうに買うことができる。ただし、購入者は自動的にデジタル証券を一口買ったこととして登録される。これは、バーコードや財布代わりになるケータイ、あるいは広まりつつあるICタグを使ってもいい。ピッとやると、誰がどの本を買った(つまりどのデジタル証券を買った)かが自動登録される(本の場合はとくにプライバシーに関わるので、登録されるのはいやだという人が拒否できるようにすることは必要かもしれない)。デジタル証券は、本の印刷部数以上は発行しない。つまりデジタル証券の価値を紙の本で担保する。本の売れ残りが少なくなってきたら「株式分割」をして、分割によって増えた分をデジタル証券市場に出し、その株数分だけ増刷できる。1.2口とか1.5口とか細かく分割してもいい。増刷スピードより本をほしい人が多ければ、当然ながら、デジタル証券の価値が上がって証券の持ち主は儲かる。そうではなく、どんどん増刷されてもその分「株式分割」されるわけだからやっぱり儲かる。重版以後は本の値段は一定ではなく、ほぼリアルタイムでデジタル証券の価格にスライドさせる。そのためにはやはり本にICタグを貼り付けたりして、デジタル・ネットワークに接続できるようにする必要がある。
 デジタルとアナログにわたるものはこのような形をとれるが、デジタルで完結しているものの場合には、デジタル証券の価値の裏付けのためにもう少し仕掛けが必要だろう。たとえば、一定期間はコピーフリーで視聴できるが、その後はデジタル証券の購入によって暗号鍵を手に入れなければ視聴できないといった形にする方法が考えられる。
 ややこしく感じられるかもしれないが、書店ではこれまでと同じく本を買うことができるし、デジタル証券の購入者は、ネット証券で株を買うのと同じことをするだけだ。いまは払い捨てでお金を払ってコンテンツを購入している。それと同じく本を読み、コンサートに行って楽しめる。自分の好きな音楽やテキスト、映像作品にお金を払い、人気が出てくれば儲かる。将来儲からなくてもいまと同じくコンテンツを楽しめるわけで、いまと比較してことさら損した気分はしないはずだ。
 コンテンツ制作者のほうも、証券の専門家の何らかのサポートは必要になるだろうが、基本的には、コンサートの入りや本の売れ具合を見て発行数を調整するというこれまでやってきたことをやればいい(本を作りすぎたり広すぎる会場でコンサートをやってしまうリスクはいま同様あるが、そのリスクは投資家にある程度、分散される)。
 こうした仕組みを作れるのは誰だろうか。ネット証券はもちろん、プロバイダーやポータルサイト(とくにオークション・サイト)や携帯電話会社など、認証や課金の仕組みをすでに持っているところならば技術的にはそう難しくなく始められるはずだ。インターネットが社会の中心的なメディアになっていく時代には、ネット証券などの投資の仕組みやオークションはたんなるネットの一サービス以上のコンテンツ流通の核になる役割を担っていく可能性があると思う。

●消費行為の変化がもたらすもの

 デジタル技術の特徴は、きわめて安いコストでコピーできることにある。しかし、お金をとるためには著作権保護技術などを使ってガードを堅めなければならない。コンテンツの供給サイドにしてみれば仕方のないことだろうが、利用者の利便性にとっては妨げだ。デジタル技術の可能性に制約を加えるのではなく、その特徴を活かす方向で制度設計を考えるべきだろう。このデジタル証券の場合は出資者を集めなければならないのだから、作品を見聴きするのは有料などというのはもってのほか。投資を募るために、作品を気に入った人はどんどんコピーして自分のサイトに載せたりファイル交換ソフトも使って配布してもらう。作品を広め宣伝してくれたほうがありがたい。デジタル複製技術の可能性を最大限活かす方向へのインセンティヴが働く。
 実際のところ、いまのコンテンツ市場で制作の見返りを得られている著作権者がいきなりこうしたシステムに参入することは考えにくい。しかし、さしあたり報酬を得られるあてのないアーティストたちには抵抗が少ないはずだ。ポータルサイトなどが抱えている利用者に対するサービスのひとつとしてこうした仕組みを取り入れていくといったことから始めるのが妥当のように思われる。
「コミケット」と呼ばれるマンガ同人誌のフリーマーケットなどはどんどん大きくなって多くの若者を惹きつけており、アマチュアの作品だから売買が活性化しないとは限らない。実際のところ、出版業界も音楽業界も売り上げが減り、新人はますますデビューしにくくなっている。人気のある作家やミュージシャンにリソースが集中する傾向が強くなっているが、このデジタル証券では新人に投資したほうが利幅は大きい。新人発掘にもっと熱心になることが考えられる。プロデュースする人々だけでなく、投資家となる消費者もそう考えるはずだ。新しい作品の価値を人より先に見抜く批評眼を磨く方向にインセンティヴが働く。
 お金を払って手に入れてコンテンツとの経済的関わりが終わりというわけではないので、人々のコンテンツとの関わりはいまよりずっと濃密なものになる。デジタル証券購入者は、コンテンツの人気が出たほうが儲かるので、ウェブ等、個人に可能な方法でそのよさを積極的に語る宣伝係の役割も担うようになるだろう。その結果、コンテンツ供給サイドにとってコストの大きな部分を占める販売促進活動を個人が肩代わりしてくれることが期待できる。インターネットというメディアの性格に沿って、コンテンツ流通において個人はいまよりずっと重要な地位を占めるようになるだろう。
 すべての創造行為は模倣【ルビ:コピー】から始まると言われているが、すでにある創作物を利用し新たな創作活動を生んでいく好循環を作り出すためにも、著作物のデジタル・コピーを解放していくこうした投資モデルは有用なのではないか。「お金を払ってものを手に入れて終わり」という現在の消費行為とは異質だし、いまのコンテンツ証券のように制作資金集めのための制作サイドからの発想というより、「投資を消費の代替手段にする」という消費者サイドからのアイデアで、突飛なものに思われるかもしれないが、インターネットの時代にふさわしいのはこうした投資モデルではないだろうか。

(1) たとえば音楽コンテンツの証券化をしている ミュージックセキュリティーズなどは試聴させて投資を募っており、投資額も個人が可能な範囲で近いモデルだが、いうまでもなくここで書いたような「消費の代わりに投資する」という性格のものではない。
(2) デジタル証券のアイデアは、ファイル交換ソフトWinnyの作者の「デジタル証券によるコンテンツ流通システム」と題された文章から着想を得た。

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