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2004.06.08

多数派でいることがメディア社会を生きる道?

出る杭は打たれる。いかに多数派でいるかが
メディア社会を生きる道? 学生が教えてくれる
メディア社会を生き抜くための戦術

 

●ネット向きの性格

 掲示板について書いたこともあって、半年ぐらい前に出た『声に出して読めないネット掲示板』という本を読んでみた。
 この本によれば、ネット向きかどうかを見分ける方法があるという。
 真っ当な神経を持った人間ならばイヤな気分になって当然の書き込みに対して、「スカッとした気分」を味わえる人がネット向きなのだそうだ。そういう書きこみをするのはどんな人間だろうというのも誰もが抱く疑問だが、この本はそれにも答えている。ネットに書きこみをしているのは、「在日ではなく、女ではなく、低学歴ではなく、しかし低所得な人間」なのだそうだ。どうしてそんなことがいえるのかと不思議に思うかもしれない。「在日うざい」とか「だから女は」「低学歴、必死だな」といった罵倒はよくある。そうした罵倒をしているのだから、そういう人たちではないはずだ、というのが著者の推測である。その一方、「貧乏人のくせに」というありがちな書きこみは滅多にない。だから、彼らは貧乏人なのだ、というわけである。なるほど。こうやって2ちゃんねらーの属性を推測する手があったのか、と「コロンブスの卵」に目が開かれた。
 この本の著者は「子供文化評論家」を名乗る荷宮和子さんで、ひと言で言えば「いまの掲示板に見られる世の中の風潮には困ったものだ」と、筆者と同じような感想を抱いている人らしい。反戦思想を抱いている自分のほうが断固正しいと無条件で思っているような雰囲気もあって、じつはその点はちょっとついていけない気もするのだが、いまやマイナーになってしまった「われわれの陣営」は、そんな細かい違いであれこれ言っている場合ではないのかもしれない。
 少し前までは当たり前だった雰囲気があっという間に変わってしまったことにこの人もショックを受けているようで、その「焦り」はとてもよくわかる(という人はいまやマイナーなのかもしれないが)。
 その変化の理由のひとつを「世代」に求めている。荷宮さんは64年生まれだそうで、「暴力は嫌い」という手塚マンガの影響を受けて育ってきたこれらの世代と、なまなましい戦闘シーンをみて育った世代――たとえば「殲滅」といった言葉をぽんと使うことのできるエヴァンゲリオン世代――は感受性が違うということらしい。たしかに、40歳より上の世代と下の世代では感性が違うというのはいかにもありそうな話で、イラクでの人質事件のときに、40歳より上の私が同世代の人と話をしたところでは、「最近の自己責任を問題にする風潮は‥‥」と怒っている人が多かった。
 前回書いたように、一コマだけ持っている大学の授業で、この事件についての読売新聞と朝日新聞の社説を読ませ、どちらの意見に賛成するかレポートを書かせたところ、読売支持と書いてきた学生が多く、さらに「最近は保守化しているからね」と書き添えている学生もいた。「おまえらの最近っていつからだよ」と思わず突っこみたくなるが、おおせのとおり、学生だけでなく、世のなかは確実に保守化しているのだろう。世代の問題もあるのかもしれないが、学生のレポートや掲示板の書きこみは、いまの時代の雰囲気を表わしているような気がする。
 メディアについて読み書き能力(リテラシー)をつけるにはどうしたらいいのかといった授業をしたときにも意表を突かれた学生のレポートがあった。メディア・リテラシーをつけるには、メディアの言うことを頭から信じず、少数者の言うことに耳を傾けろというのが“常識”だが、「現代の私たちに求められているのは何が正しいかではなく、どうすれば多数派でいることができるか(多数派を誘導できるか)ということではないかと思います」とぬけぬけと書いてきた学生がいた。よくも書きやがったなと思いつつも、たしかにマトをついた指摘であることは認めないわけにはいかない。これは、掲示板での行動様式なども言い表わしているように思う。「いかにしたら多数派を誘導できるか」というのは、意識しているかどうかはともかく、多くの2ちゃんねらーがやっていることだろう。

●「出る杭は打たれる」らしい

 前回書いたように、ふたつの社説についての賛否は、読売派が102人、朝日派が70人だった。読売の購読者は1000万人、朝日の購読者は820万人で、10対8の比率だ。一人住まいで新聞をとっていない学生も多いが、実家でどちらの新聞をとっていたかが多少は影響しているかもしれない。読売派が多いだろうとは思っていたからこの結果は意外ではなかったが、前回も書いたように、「政府に迷惑をかけたらだめだ」と書いている学生が多いのには驚いた。少なくとも私たちが学生だったときにはそうした答えをする人はほとんどいなかっただろう。政治家や官僚が国民のために働くのは当たり前という感覚がないらしい。政府は最善のことを考えて決めたのだから、それに逆らってはだめだというのだ。
 次の授業では海外の反応を紹介した。このコラムでも取り上げたように、仏「ル・モンド」紙の「どんなに無自覚に見えたとしても、日本の再出発を担うのは経済的な指標ではなくて、ネクタイ・スーツ姿のサラリーマンと夜遊び少女の狭間に現われた彼らのようなNGOの存在だ」という人質になった人々を擁護する記事の抜粋や、「リスクを冒してイラクに行った人々のことを誇りに思うべきだ」と語ったパウエル国務長官の言葉、それにニューヨークタイムズの記事を読んで書かれたシリコンバレーの日本人のウェブログなどを読ませた。
 その反応は驚くべきものだった。意見が一変したのだ。「人質になった人々の責任を問うべきではなかった。自分たちはなんと冷たい国にいるんだろうか」という激しい反応が返ってきた。ある程度は予想していたものの、その反応は予想以上だった。そうしたレポートを見ていて気づくのは、これまで身の回り感覚以上のことを思い浮かべた様子がないということだ。海外の反応を聞いて意見ががらっと変わるのも、指摘されたようなことについて考えたことがなかったからだろう。
 自衛隊は人道支援に行ったのでいいことをしに行ったのだから撤退を主張するなんてとんでもないという意見もけっこうあった。日本サイドから見ればそれはそうだが、イラクの人々がどう思っているかということは思いのほからしい。
 次の授業で、イラクに行ったジャーナリストたちの座談会などを読ませたら、「危険を冒してイラクの情勢を知らせてくれる人たちを尊敬すべきだ」という意見に変わった。イラクに行った人々の立場に立ってものを考えたこともどうやらなかったらしい。
 人質にたいするバッシングについて「出る杭は打たれる」だと論じた学生が何人もいたが、「身の回り感覚」をこれほど巧みに言い表わした言葉もないだろう。「出る杭を打って多数派をとる」というのが、どうやらいまのメディア社会で生きて行くための戦術らしい。そうした考えからは当然のように「アメリカは強いのだから言うことを聞くより仕方がない」という意見もよく見られた。
 考えてみれば、彼らはイジメをかいくぐって生き延びてきた世代だ。いじめられないためには「出る杭」にならず、「多数派でいる」ことが必要だったのだろう。そうした世代にのみ特有の行動パターンだと思いたいが、ほんとうにそうなのだろうか。想像力がないのは学生ばかりとは思えない。
 でもまあともかく、みんなが「右」というと「左」と言いたくなる私には、「どうすれば多数派でいられるかが大事だ」とか「出る杭は打たれる」という学生のレポートは、心にとめておいたほうがいい忠告と受けとめるべきなのかもしれない。

        *

人質事件についてのこのコラムについていただいたメールのなかに、「こんなことを書いてこれからたいへんでしょうけれど、がんばってください」というメールをいただき、あたりまえのことを書いたに過ぎないと思っていた私はかえってびっくりした。実際のところ、ちょっと異常な雰囲気だったことは確かだろう。掲示板では、予想通りたたかれたらしいが、とくに恐い思いはしなかったので、心配してくださった方、ご安心ください。

関連サイト
●イラク邦人人質事件の反応の激しさを感じさせるシリコンバレーのベンチャー・キャピタリスト渡辺千賀さんのウェブログ「On Off and Beyond」。コメントも含めて海外にいる人々に事件がどう見えたのかがわかるという意味でもおもしろい。さらに渡辺さんの意見にたいする反応の激しさもまた一読の価値がある。
●イラク人質事件について読者からの反応の変化を紹介した4月27日付の毎日新聞のこの記事もなかなか興味深い。事件直後は、自衛隊撤退の是非を論じた意見が多く、撤退賛成派が7割だったが、4日目から比率が逆転して自己責任論が増えた。しかし、3人が帰国すると、こんどはバッシングにたいする批判が多くなったという。
イラク邦人拉致事件についての情報やブログをまとめたサイト

(『週刊アスキー』「仮想報道」Vol.341)

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