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2004.05.18

著作権市場の焼け野原から立ち上がるはずだったもの(デジタル証券について最初に書いた原稿)

逮捕されたウィニーの作者は著作権制度を崩壊させ、
新たな制度の誕生を夢見ていた。荒唐無稽だが、
そこにはおもしろい発想が潜んでいる。

●合法的に著作物をただで見れる制度

 音楽を聴いたり映画を見たりするほうは、もちろん、ただで見れるものなら見たい。作ったほうは、これまた当然のことながら、「そんなことをされたらたまらない」と考える。両者が折り合うことはなさそうだ。
 しかし、5月10日に逮捕されたWinnyの作者は、おもしろい提案をしている。

 はっきり言って、現実味はひじょうに少ない。空想的と言ってもいいくらいだ。最初に読んだときには、ばかばかしいと思って放り出してしまった。でも、逮捕されたあとあらためて読んで、考えが変わった。
 ウィニーの作者は、だいたい次のように言っている。
「現在のコンテンツ流通の根本的な問題点は、簡単にコピーできてしまったり配信システムがまずいことにあるのではない。インターネット世界における集金モデルが不備だということにある。インターネットの世界では、情報を共有することが前提で、ただが基本。(ファイル共有ソフトなどで)実質的にただになっているのに、昔のモデルでお金を取ろうとして矛盾が生じている。情報はただでも、将来出てくる情報とその可能性でお金が取れるはずだ。こういう可能性を無視してピア・トゥ・ピア技術そのものを悪と決めつけて排除しようとすると、最終的にインターネット技術そのものの排除につながる」。
 理屈としてはそうかもしれない。だけど、コンテンツの送り手はただではやっていけない。では、ほかに収入を得られたら? そのときは、ただで見せたり聴かせたりしてもいいと考えるコンテンツ制作者も出てくるだろう。
 とりあえずWinnyの作者のアイデアを紹介すると、次のような具合だ。
 コンテンツの送り手が、デジタル証券を発行する。つまり株券だ。そのコンテンツに興味がある人は、証券を買ってそのコンテンツへ投資する。たいていコンテンツは見たり聴いたりする前にお金を払わなければならないが、この方式ではおもな収入は投資だから、見てもらえば見てもらうほど証券の買い手が出てくる。お金を払わないと見せないいまの状況とは一変する。作品がどんなものかを知ってからお金を払うことができるから視聴者にとってもフェアである。価値があると思えばお金を払えばいいし、つまらないと思えば払う必要はない。
 コンピューター・ソフトには使ってみて気に入ったらお金を払うシェアウェアというのがある。シェアウェアも中身を知ってからお金を払うことができるが、払ったお金が返ってくるわけではない。払い捨てである。それに対し、デジタル証券は、将来、払ったお金の何倍にもなって返ってくる可能性がある。人気が出れば、証券の価値が上がって買った人は儲かる。コンテンツの送り手も証券の一部をキープしておき、値が出てから売れば作品制作の見返りを得られる。
 Winnyの作者の主張を私なりの解釈も加えて説明すれば、だいたいこんなことになると思う。
 理想的だ。え、そんなことがうまくいくはずがない? まあちょっと頭を働かせてみれば誰でも、「いったいこの証券がなぜ値上がりするんだ?」と疑問を持つ。株は、会社の業績という一応の価値の裏づけがあるが、このデジタル証券には価値の裏づけがない。将来ほかの人が高く買うはずという根拠のない値上がり期待だけである。株は、将来の値上がり期待のほかにも、配当、それに株主としての発言力・経営参加権などの魅力があって購入される。では、デジタル証券についてはどんな魅力がある?
 Winnyの作者は、配当や経営権にあたるものとして「コンテンツ提供者が管理するご意見サイトへ優先的にその意見を伝える権利」を具体例としてあげているだけだ。あとは「いろいろなサービスが考えられるでしょう」・・・・「え、それはないだろう」という気がする。
 ただし、これを株券だと思うからいけないのではないか。たとえば映画やコンサートのチケットの定期券として発売する。もう少し正確に言うと、一単位の証券で、各ツアーごとに一回コンサートを見に行ける権利が手にはいる。この権利がないとコンサートに入れないことにしてしまう。新人アーティストのコンサートや素人の映画は見に行きたい人がほとんどいないだろうから、ただ同然。人気が出てきたらどんどん高くなる。人気が出れば、広い場所で興行できるから、新たなチケットの定期券の発行(つまり増資)もできる。自分で見に行ってもいいし、チケットピアのようなサービス会社にゆだねて見に行く権利をその回ごとに小分けにして売ってもいい。いまのチケットは、見に行ってしまえば無価値になるが、この場合は、コンサートを見に行って、さらに儲かるかもしれない。アーティストを見分ける目さえあれば、楽しめてぼろ儲けということも・・・・。もちろんアーティストは永遠に活動できるわけじゃないから、そのうち証券の価値はなくなるだろうけど、価値がなくなるまえに小分けにしたチケットで投資資金を回収できれば損はしない。かならず儲かるとは言えないが、儲けを期待させるものはあるだろう。

●みんなが新人発掘に熱心になる社会の誕生

 このデジタル証券のおもしろいところは、すでに人気の出てしまったアーティストよりも、これから人気の出そうな人の証券を買ったほうが利幅が大きいということだ。いまのコンテンツ市場では、人気が出たものはメディアで取り上げられてますます人気が出るかわりに、新人はデビューしにくい。しかし、この方式だと、新人の証券はただ同然だし、一般の人も可能性のあるアーティストを探そうと熱心になるだろう。みんながたんなる「お客さん」以上の存在、アーティストを発掘し育てる人間になっていく。創造活動の促進のためにはまたとない環境が生まれる。
 今回書いたのは、とりあえず音楽についてだが、ほかの分野でも考えられる。要するに、デジタルはコピーフリーで自由に見聞きできるが、会場の広さや印刷部数、サポートなどアクセスに制約のあるアナログへのアクセス権を「配当」として使うという考え方だ。このようにすれば、デジタル証券の価値の裏づけはできると思う。
 ただし実現するためには、コンテンツ提供側がこうした方式を導入しようとする強い動機がなければならない。そんなことをしようと思うはずはない? たしかに。もしコンテンツ提供者が、違法コピーをされまくり、収入を確保する方法がなくならないかぎりは…… Winnyの作者は、著作権市場を焼け野原にして、その焼け野原から、いまとはまったく異なるこうしたシステムが立ち上がることを夢見ていたのだろう。警察がそれをほうっておいてくれればたしかにそうなったかもしれないが、この前提はもはや崩れてしまった。
 しかし、その一方、投資を募ってファンドを作り証券化してコンテンツ支援をするという事業は(下のサイトのように)一種のトレンドになってきている。コンテンツ証券を売買する市場もおそらくいずれはできるだろう。コンテンツ制作のコストを投資でまかなおうという発想はすでに広まっている。この方式の問題点は、作品ができるまえにお金を集めるので、投資してくれる人間が限られるということだ。けれども、作品をまず見聞きでき、気に入ったらコンサートなどに行け、ついでに将来儲かるかもしれないぐらいのことなら購入する人はずっと多くなるはずだ。荒唐無稽だけれど、インターネット時代の新しいコンテンツ流通の可能性はこうした発想の延長にあるのかもしれない。

*

本文に書いたようなことが実現すれば、創作活動をめぐる環境は一変する。デジタルで完結している著作物についてはどうするかなど考えなければならないことはまだ多そうだが、音楽会社や出版社など著作物をあつかう会社やチケット販売会社、タレント事務所などがもしその気になれば、たとえば新人を対象にすぐにでも始められるはずだ。

関連サイト
●Winny作者が書いた「デジタル証券によるコンテンツ流通システム」。「著作権制度を揺るがす」と革命家のようなことを言ってWinnyを開発した人物が、証券という資本主義の精髄のようなことを考えていたのは興味深い。Winnyの作者も、創作者が見返りを得るべきだとは考えていたわけだ。逮捕されたのは情報処理工学が専門の東大大学院の助手だそうで、いかにもこうした研究者らしく、デジタル証券を発行するサーバーについてなどはけっこう詳しく書いている。ただし、証券の価値の裏づけをどうするかという肝心の点については漠然としている。
●Winny作者が昨年10月にネットで左上の提案を発表して以後、Winny開発の舞台になった「2ちゃんねる」にログがある)や「スラッシュドット」、ウェブログなどで議論されている。いくつか覗いてみたが、総じて実現に懐疑的で、見たかぎりでは、いい知恵は見あたらなかった。
●出版の世界では、投資を募って本を作るという試みはいくつかある。これはそのひとつ英治出版。サポートしたいという気持ちや値上がり期待だけでお金が集まるなら、デジタル証券の「配当」を考える必要はないのかもしれない。しかし、新人の場合はとくに、(作家本人とその知り合い以外から)作品を見せずにお金を集めるのはたいへんだろう。
●音楽CDの制作コストを証券化して集めている会社「ミュージックセキュリティーズ」。ほかにも通産省(当時)の肝入りで設立された「ジャパン・デジタル・コンテンツ」が、新人グラビア・アイドル育成のファンドを作ったりしている。劇場公演からワイン輸入まで、投資を募って事業を進めるさまざまな会社が生まれている。証券化はちょっとしたブームだ。
(週刊アスキー「仮想報道」338回)

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