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2004.05.25

誰が何のために電子書籍を読むのか?

 電子書籍端末をめぐる動きが続いている。2月20日の松下電器の「シグマブック」の発売に続いて4月24日にはソニーが電子ペーパーを使った「LIBRIe」(リブリエ)を出す。さらに東芝やシャープなども動いているらしい。

 電子書籍の昨年の販売額は、出版売り上げの0・06パーセント、15億円程度といわれている。金額としてはわずかだが、コンテンツの数が増え、電子書籍の存在が知られるようになってきたせいか、とくに昨年後半から電子書籍の販売数は増えているようだ(凸版印刷のBitwayのブックショップは1年で販売件数が10倍になったという)。05年には、電子書籍の市場規模は現在の10倍から数10倍に膨れると予想(というより期待?)している調査会社や関連メーカーもある。
 いまの電子機器よりも読みやすい端末が出るというのはとりあえず歓迎すべきことだろう。ただし、発売された端末が浮き草のようにたちまち消えていくということになれば、第一に購入してくれた人々に申し訳ないし、出版関係者をはじめ世の中の電子書籍にたいする失望が広がっていくことになる。
 電子書籍端末とともに、このところ注目されているのは携帯電話を使った電子書籍である。「新潮ケータイ文庫」「文庫読み放題」「快読!ケータイBookクラブ」「電子書店パピレス」「ケータイ電子書店」「SpaceTownブックス」‥‥通信会社ごとに多様なサービスが生まれている。
 メディアは新風が起これば当然のように追いかけ期待もするだろうが、本に関わる仕事をしている人々にとってはたんなる話題ではすまない。これらの事業の可能性について冷静に見つめてみたいというのが本稿の趣旨である。

●「読者」はほんとうにいるのだろうか

 松下電器の「シグマブック」は出荷は始めたものの、3月末まで1000台の限定発売、順次、生産や販売を拡大してくとのことだったが、4月に入った現在もサイトなどで注文しても2週間ほど待たされるようで、まだ様子を見ながら出荷しているようだ。
 ソニーのほうは、3月24日の記者発表で、月産5000台が当初目標と言っている。さしあたり「シグマブック」より大きなマーケットを期待しているようだ。
 記者発表で語られた「リブリエ」の想定読者は、①電車通勤者、②出張の多い人、③大きな活字がほしくなったシニア層、とのことだった。ソニーのこの見通しをもとに「誰が電子書籍端末を買うのか」についてまず考えてみることにしよう。
 ①電車通勤者。見開きで電池なしでも500グラムを超える松下電器の「シグマブック」に比べ、ソニーの「リブリエ」は片面で電池を入れても300グラムと軽く、白が基調のデザインも軽快だ。多少混んだ電車で立っていても読むことができそうだ。ただし、「リブリエ」にしても「シグマブック」にしても、電子書籍(コンテンツは端末と区別して以下こう書くことにする)はパソコン経由かメモリカードで読みこまなければならない。携帯電話の電子書籍のように、電車のなかでヒマだからダウンロードして読むというわけにはいかない。
 ②出張の多い人。「リブリエ」の電子書籍は2か月で読めなくなる「レンタル」で、1冊単位で購入する「タイムブック・ライブラリ」と、月1050円払って5冊読める「タイムブック・クラブ」(新書セレクションは月630円で3冊)の2種類の購読方法が準備されている。1日ぐらいの出張なら何冊もいらないと思うが、読む本をあれこれ取りそろえておかないと落ち着かない人向きということになるだろうか。もっともこの販売サイトで売るのは小説や新書、ビジネス書などのポピュラーな本のようなので、とくにこのサイトで買っておかなければならない必然性はなさそうだ。
 ③のシニア層というのはもっとも理解に苦しむ。すでに書いたように、コンテンツはパソコンにまずダウンロードし、USBケーブルかメモリスティックを使って「リブリエ」に移す。最近はシニア世代のパソコン熱が高まっているしUSBケーブルを使ってデータを転送するのはとても簡単だが、シニア世代が使うにあたっての障害にならないとは思えない(そもそもパソコンで読むにしても、210円の月会費を払って会員になり、ビュアー・ソフトをダウンロードしてその登録をし、さらに「タイムブック・ライブラリ」に入るなら630円から1050円払ってまたその申し込みが必要で、三重の登録作業と二度の支払いをしなければならない。それなりの「決意」が必要である)。
 売り手としては、若い女性層なども取りこみたいところだろうが、すでに持っているケータイで(上の世代が思うほどには不自由でなく)読めるのに、4万円もする端末を買う人がどれぐらいいるだろうか。結局のところ、こうした電子機器に興味のある若手の男性サラリーマンに絞られるように思われる。機械好きといっても、電子書籍端末の場合は、さらに本好きでなければならないところが厳しいところだ。
 そして、若い男性サラリーマンたちを取りこむにさいして「リブリエ」の最大のライバルとなるのは、「シグマブック」などよりもじつはソニーの別の商品かもしれない。ソニーは「クリエ」というPDAを出していて、もちろんそれでも電子書籍は読めるのだ。つい2年まえほどまで電器メーカーや通信会社などが、電子書籍を読むための端末として熱い視線を注いだのはPDAだった。結局、PDAの販売台数は期待ほど伸びなかったし、携帯電話が高機能化してきたいまとなってはますます有望な機器とは思えない。しかし、PDAは、電子書籍を読めるばかりでなく、スケジュール管理や住所録、ワープロや表計算などのソフトも入っていて用途が広い。「クリエ」は値段も「リブリエ」の半分ぐらいのものからある。また、「リブリエ」とは違い、PHSカードや無線LANを使ってインターネットに接続できる。ソニーが「リブリエ」をなぜ電子ペーパー搭載の新種のPDAとして出さなかったのか不思議なぐらいである。
 さしあたり「リブリエ」について書いてきたものの、電子書籍端末発売にあたっての問題点は共通のものだろう。アメリカでは、98年に電子書籍端末を発売したもののうまくいかず、いまになって端末の発売を始めた日本のメーカーの動きを不思議に思う声も出ているようだが、中国で誕生する電子教科書市場ぬきには考えられない。その市場で成功すれば、日本での成否にかかわらず、各メーカーは端末生産の採算があうことになる【追記・この電子教科書市場の話は現実的なものではないということをその後聞いている】。単独ではありえなかったのだから、電子書籍端末誕生のまたとないチャンスがやってきたとも言えるし、電子書籍をきちんと読みたいという人に応えられる装置が売られているというのはとりあえずいいことだろう。しかし、消費者に購入してもらわなければ日本の電子書籍市場が立ち上がらないことに変わりはない。

●入場料が必要で、壁で仕切った「書店」

 実際に、目標台数を見るかぎり、ソニーは日本国内でもそれなりの期待をしているように思われる。「リブリエ」の電子書籍販売サイト「タイムブック・タウン」についても、06年度に会員数を10万人にし、運営会社「パブリッシングリンク」の売り上げ高20億円、単年度黒字をめざすという。
 しかし、「タイムブック・タウン」のこれまでにない購読システムは何とも不可解であり、また利用者のことを考えているようにも思えない。
 すでに書いたように「タイムブック・タウン」は2種類の販売方式を提供している。
 月3冊ないしは5冊購入できる「タイムブック・クラブ」のほうは、「エンタテイメント」「文芸」「オー・ファム(女性層向け)」「新書セレクション」「ビジネスプラス(ビジネスマン向け)」「NOVA-e(英会話のNovaの本)」「官能小説」とジャンル分けされている。セクションをまたがって3冊から5冊選べるのではなく、それぞれのセクションのなかで本を選ばなければならない。つまり「エンタイメント」を申しこめば、「ビジネスプラス」の本は読めないのだ。「ビジネスプラス」にもビジネス小説や赤瀬川源平のエッセイや大平光代のベストセラー『だから、あなたも生きぬいて』などが入っているし、同じ著者の本が違うセクションに入っていたりもしている。4月1日のオープン当初は各セクション29-68冊とあまりに少ないが、それはだんだんに増えていくのだろう。しかし、いずれにせよ限られている品揃えをさらに恣意的にセクションに分け、そのなかで本を選べというのはどういう考えにもとずくのだろうか。
 せっかく始まった事業について批判的なことばかりいうのは本意ではないが、書店になぞらえれば、入るときにまず入場料をとり、さらに各売り場に行くときにもう一度お金をとって、「文芸なりビジネス書なりその売り場だけから5冊選んでください」と言っているようなものだ。6種類の読者層に向けて特化したショッピング・ページを作ったということなのかもしれないが、多くの品揃えのなかから好みの本を選びたいというのがふつうの本の読者の行動だろう。読者が不満を持つのは当然だし、本がより多くの読者と出会いにくい仕組みにわざわざなっているのだから、コンテンツを出している出版社からも批判が出るのではないか。
 よくもまあ書店に入る敷居を高くするようなこういうシステムにしたものだと思うが、1冊単位で購入する「タイムブック・ライブラリ」にしても、すでに書いたように210円の基本会費が毎月かかる。月1冊しか読まない人は、会費と1冊あたり315円からの本の利用料を払う必要がある。ソニーのネット販売サイト「ソニー・スタイル」では、緊急企画と題して「電子書籍世論調査」をしている。そのなかのひとつに「1冊210円から新刊が読める値段設定についてどう思うか」という問いがある。調査は進行中だが、これまでの回答を見ると「かなりいいと思う」と答えた人が29・8パーセントなのに対し、「まだまだ高い」という答えは34・6パーセントである。実際は基本会費があって210円では買えないわけだが、この問いはそうしたからくりを意識させないものになっている。にもかかわらず、高いと思う人がけっこういるわけだ。本誌を読んでいる方のなかには本一冊210円でも高いと思うのかとショックを感じる方もいるかもしれないが、携帯電話のサービスなどでも月100円を超えるともう高いと思われるそうだ。毎月基本料金をとるというのはケータイ発想の制度なのかもしないが、こうしたサービスの価格設定はそうとうに厳しいようだ(参考までに書けば、アメリカでネットを使った音楽販売で爆発的にヒットしたのは、ほかの多くのサイトのように会費をとるのをやめ、1曲99セントで売ることにしたサイトだった)。

●「レンタル電子書籍」の問題点

 昨年12月下旬号の本誌コラムでも、「レンタルの電子書籍というのは本が消耗品化していく今のネガティヴな出版状況を反映している」と書いたが、こうした批判を意識してか、「タイムブック・タウン」の運営会社「パブリッシングリンク」の社長に就任した松田哲夫氏は、「リブリエ」のサイトに掲載されているインタヴューや記者発表などで、レンタルについて次のように説明している。
「昔は本を買って、本棚に並べ、それを繰り返し読んだり、利用したりという、いわゆる本を愛蔵する方が多かった。でも今は、読書する場所もその方のライフスタイルに合わせて様々です。電車内だったり、旅行先だったり…。ですから、出版界の売り上げでも、ここ20年ぐらいペーパーバック化が進んでいて、文庫や新書の売れ行きが好調なんですね。そういった方々には、安くて軽いペーパーバックのほうが適しているんです。で、さらにその先には『本はレンタルで充分』という層もかなり存在しています。必要な時に読めればいいんだから買う必要ないじゃないか、というわけです。そういった方々は図書館で借りたり、マンガ喫茶で読んだり、買ってもすぐに古本屋に売ったり、という形で読書に接しています。つまり、本を愛蔵するより、本の中身を享受できればいい、情報を得られればいいという方が増えているということです。ですから、パブリッシングリンクで始める『タイムブック・タウン』ではレンタルという形でサービスを開始することにしました」。松田氏はこう述べて、今後いろいろ検討すると思うが、とりあえずレンタルから始めたと言っている。
 読書スタイルが変化しているという意見には私も異論はないし、あとで書くようにそうした変化に応じた販売方法を考えていくことは必要だろう。しかし、「本を借りればいいや」と思う理由のひとつは、置いておくだけの場所がないからだ。デジタルなら場所はとらない。本が消耗品化するからこそ、保存しやすい電子書籍には、紙の本と違った役割を期待したかったというのが私の率直な感想である。
 さらに、携帯電話やパソコンのように電子書籍を読む以外の使い道がある端末ならまだわかるが、「リブリエ」のような専用端末の場合、新たな「レンタル」をせず2か月経つと、連載など無料で読めるわずかのテキストを除き読むものはなくなる。せっかく買った端末の使い道がほとんどなくなってしまうのだ。こういう電子機器は珍しいだろう。読むものがなくなって新たにレンタルしてくれれば提供側の思うツボなのだろうが、それきり手に取らなくなっていく人も多そうだ。辞書が4冊(国語辞典、マイペディア、カタカナ新語辞典、現代新語情報辞典)入っているから、電子辞書として使えということなのだろうか。そもそも「電子辞書も入っている電子書籍端末」よりも「電子書籍も読める電子辞書」のほうがまだマーケットが見こめたのではないだろうかという気もする。

●いつでもどこでも「立ち読み」

 いくつもの問題点が感じられる「タイムブック・タウン」の購読システムは、いずれ変更せざるをえないのではないかと思う。しかしいずれにしても、低価格の本を読むためだけに高価な端末を買わせるのはとてもむずかしい。音楽は専用端末が売れているじゃないかと電器メーカーの人たちは思うのかもしれないが、いつでもどこでも音楽を聴くためにはお金を払うだろう。しかし、本はもともといつでもどこでも読むことができる「モバイル・メディア」である。それと同じことができるからといって専用端末を買う人はいない。かつて「PDAの電子書籍に多大な期待が集まっているようだが、そうとう苦しいだろう」といったことを書いたが(02年6月下旬号)、PDAはすでに市販している装置であり、また購入の目的はいろいろあった。専用端末を読むためだけに購入してもらうのは、よりいっそうたいへんだ。
 もしどうしても専用端末を普及させようと思うなら、無料で配る方法を考えるしかないのではという話は本誌ですでに書いたので(03年7月下旬号)ここでは繰り返さないが、無料で配れなければ、すでに多くの人がもっている端末に期待するよりない。さしあたり電子書籍を読む端末としてもっとも将来性が感じられるのはやはり加入台数8000万の携帯電話である。「シグマブック」の仕掛け人である鈴木雄介イーブック・イニシアティブ・ジャパン社長はその著書で、電子書籍が大きな市場になりうるのは「人間が一定期間閉じこめられる空間」だと書いている。ソニーもまた言うとおり、通勤電車はその最有力候補である。そして、その「密室」のなかで多くの人がのぞきこんでいる携帯電話には大きな強みがある。
 しかも、携帯電話はパケット通信の定額制が採用されだしており、昨年11月のauに続いて今年6月からはドコモも始める。また、来年からは携帯電話でデジタルのテレビ放送も受信できるようになるとのことで、画面もしだいに大きくなっていく。コマ送りで読むような形でマンガの配信まで検討されている。もちろん携帯電話でどんな本でも読めるわけではないし、あらゆる人がこういう形で読むとも思わない。新潮ケータイ文庫のサイトには「もっと気軽に読書を楽しんでほしい」と書かれているが、若い世代がさしあたりの対象で、小説など気軽に読める本が中心だろう。とはいえ、パケット通信の定額制が浸透すれば、電車のなかの狭い空間でも手軽に読めるケータイでの読書は、若者ほど頻繁にメールのやりとりをせず、携帯電話の使い道が少ない世代にも受け入れられていく可能性がある。
 そもそも本を最初から最後まで読むことを想定するから、「ケータイでは読めない」ということになるのだろう。携帯電話はむしろ「本の情報を得るためのメディア」と位置づけるべきかもしれない。新刊やいま流行りの本は何なのか、あるいは仕事で参考になりそうな本はないか、そしてその本は買って読む価値があるか、そういったことを手軽に見てもらうメディアと位置づけるべきだ。つまり「立ち読みの代わり」である。これまでは本屋に行かなければ立ち読みはできなかったが、ケータイやパソコンの電子書籍はいつでもどこでもできる「立ち読み」の装置である。電子書籍についてそう考えるのが、さしあたり出版の世界にとってもっとも有効であり、また画面が小さかったり読みにくかったりする携帯電話の制約に見あった自然な用途なのではないか。無理やり電子書籍端末などを売りつけて、「ほら、読みやすくなったでしょ」と言おうとするから電子書籍のマーケットはむずかしいのであって、電子媒体は本の宣伝装置とみなして紙の本の販売につなげていくことを考えるべきだ。
「リブリエ」の販売サイト「タイムブック・タウン」でも連載したものを単行本化するつもりのようだが、携帯電話の電子書籍を単行本化する出版社も増えていくだろう。やがては赤字の文芸雑誌などをやめて、かわりに電子媒体を使おうとする出版社も出てくるかもしれない。
 携帯電話を中心とした電子媒体は、出版社の側からすれば原稿集めと宣伝のための仕組みであり、読者の側からすれば本の情報集めと立ち読みのためのメディア――このように位置づければ、どのような電子書籍がいいかもおのずと明らかになってくる。著者に何らかのリターンをしないわけにはいかないのだろうから無料はむずかしいかもしれないが、立ち読みや宣伝なのだからかぎりなく安い価格設定で、新刊も含めて多くの本を横断的に読めるようにする(いうまでもないことだが、紙の本の立ち読みだって、無料で自由に読める)。実際、定額で自由に読めるケータイのサイトはすでに生まれている。紙の本の注文も簡単にできるようにしておけば、読者は朝の通勤電車のなかで「立ち読み」して「おもしろそうだな」と思った本を注文できる。その日のうちに自宅や駅あるいは近くのコンビニで受けとり、その晩は紙の本で快適に続きを読める。そのためには電子媒体と紙の本の両方を買いやすい料金システムにするなどの工夫が必要だろう。
 この場合は、レンタルであろうと、あるいは終わりまで読めなくても不満に思う読者はいないはずだ。もちろん電子媒体で終わりまで読みたい読者には、きちんと代価をとって売ればいいだけのことだ。綿矢りさの小説は、芥川賞受賞直後、書店の店頭からなくなり、電子書籍版がかつてない売れ行きをしめしたそうだが、こうした僥倖もたまにはあるだろう。ともかくこれまでは本屋に行って手に取らないと中身がわからなかった本がいつでもどこでも立ち読みできるというのは、読者と出版社双方にとってとてつもないメリットである。このような形で電子書籍に親しむ人が増えてくれば、そのときにはあるいは読みやすい端末への需要も出てくるかもしれない。よく言われるように、読みやすい端末がないから電子書籍が売れないのでもなく、電子書籍が貧弱だから端末が売れないのでもない。成熟の時間がまだまだ必要ということなのではないか。そのためには、読者にとって経済的なハードルが低い端末を活かし、電子書籍に馴染んでもらうことをまず第一に重視すべきだろう。
(「出版ニュース」5月下旬号)

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