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2004.04.19

人質事件の異常な反応

これがまともな反応なのだろうか
月並みな言葉で言えば、「国論はまっぷたつ」。
イラクで拉致された人々の自己責任をめぐって
マスメディアやネットで議論が起こっている。

●2チャンネルはなぜ反サヨクなのか

 イラクで人質になった被害者やその家族にたいして、自己責任などという生やさしい言葉を超えて罵倒しまくったのは「2チャンネル」を始めとするネットの掲示板だ。ここで書かれていることをそのまま真に受ければ、傷害事件の一つや二つ起こっても不思議がないほど激しい言葉で、非難とも揶揄ともつかぬ文章が書き連ねられていた。フクロだたき、とかリンチといった言葉がまさにぴったりだ。こうした反応は珍しくはないが、なんとも悪意に満ちている。もし宇宙人に、「人間の憎悪とか悪意を知りたいんだけれど、どうすればいいか」と尋ねられたら、覗いてみることをお勧めしたいほどだ。
 けれどもいったい彼らはなんでこんなに興奮しているのだろうか。その理由をとりあえずあげるのはむずかしくはない。拘束後、自衛隊撤退を要求するなどの被害者家族の言動や様子が気にくわなかったのだろう。しかし、こんどの事件にかぎらず、掲示板の大勢を占めるムードは反サヨクであり、広い意味でのサヨク的な論調にたいする拒否反応は強い。
 日本の外を見れば、ネットでは総じてリベラル派だから反サヨクなのは日本のネットの特異現象のようだ。それがどうしてなのかも説明はつくだろう。新興メディアのネットはマスメディアにしばしば反発するが、日本で最大の影響力を持ってきたマスメディアは朝日新聞で、反マスコミ感情と反「朝日」感情は一体化している。ひところネットでの「朝日たたき」が流行ったが、このところその熱はかなりさめてきたようだ。しかし、朝日新聞に代表される論調を快く思っていなかった人々のネット外での言動と共鳴しあって、ネットでの調子はいよいよ激しくなってきた。ネットのなかだけのことならばともかく、「ことあらばリンチ」みたいなネットの空気は世間の感情を確実に反映している。こうした傾向がいったいどこにいきつくのかを考えるとさすがに心配になってくる。

●異様な記者会見

 こんどの事件をめぐる日本国内のムードは、少なくとも外国人の目にはかなり異様なものに映ったようだ。外国人記者クラブでの会見で、被害者家族が謝り続けるのを見た外国人記者たちは、いかにも不思議そうだった。被害者であるはずの彼らがなんでこんなに謝り続けるのか。しかも、この人たちは何か言いたいことがあるようなのに言えずにいる。そんなふうに感じたようだ。海外ではあまり見られない光景だったにちがいない。
 この記者会見に出たジャーナリストの江川紹子さんも、そのサイトで「まるで謝罪会見だった」と書いている。そして、「被害者やその家族を叩く論調には、あまりにも想像力が欠如している」と指摘している。まったくそのとおりだろう。子どもを焼き殺すと言われた親がどんな反応をするか。そして、釈放後まもなく状況判断もまだきちんとできない被害者の口から出た言葉に過剰反応する政治家やマスコミの想像力のなさとその非寛容さにはあきれかえる。
「避難勧告が出ていたのに行ったのだから、被害者に自己責任があるのは当然だろう」と私も書いたが、個人が自分の行動に責任があるのは当然で、自分の判断で行ったのだから誰かのせいにするわけにはいかないということにすぎない。個人に責任があるのと同様、国には国の責任がある。しかし、自己責任という言葉はどうやらいまや一人歩きをはじめ、自己責任だから政府は助ける必要がないとか、救援資金を払えとかそういう話になってきたようだ。
自分たちの会社からだって危険な地域に記者を派遣し死者を出すこともあるマスコミまでが一緒になって、彼らの責任を追及している。そうした大手マスコミは、危険地帯ではもう自分たちは取材しませんというつもりなのか(つまりはかわりにフリーのジャーナリストを雇うということなのか)。あるいは政府にはいっさい救援活動をしてもらわなくてもけっこうです、というつもりなのか。自分たちはフリージャーナリストとは違うし、違う扱いを受けるべきだということを前提にして記事を書いているとしか思えない。二言目には彼らが口にする「国民の知る権利」は大手マスコミだけが独占すべきものだとでも考えているのだろうか。そもそも退避勧告はフリージャーナリストにたいしてだけ出ているわけではない。批判はわが身に返ってくる。想像力が欠如しているなどという以上に、その反応は言論機関の自殺行為だろう。自衛隊派遣に賛成した新聞は、被害者家族が自衛隊撤退を求めたからつい感情的になったのかもしれないが、それでは2チャンネルと変わらない。
 前回も書いたように、実際的なことを考えても、自衛隊派遣に反発しているアラブ世界に、政府と異なる多様な意見が日本にもあると知れ渡った効果は大きいだろう。少なくともその点は、イスラム世界での日本人の将来的な安全に貢献したわけで、自衛隊派遣とは比べものにならない経済効果があったとさえいえる。

●冷たい国・日本

 そして、日本国内の異常さをさらにはっきりと感じさせたのはパウエル米国務長官のインタヴューだ。最近のテレビ・インタヴューで、これほどあっけにとられて聞いたことはない。
 パウエル国務長官は、最初の質問には、「脅しに屈しなかった日本政府の対応を評価し感謝する」などと通りいっぺんのことを述べていた。しかし、「拉致された人々は責任をとるべきだと日本で言われていることについてどう思うか」と訊かれ、こう答えた。

「危険な地域に行くリスクは誰しも理解すべきだ。しかし、誰もリスクを冒さなければ前には進めないし、世界を前進させることはできない。だから、私は日本の市民が善意から進んで危険に身をさらしてくれたことをうれしく思う。日本国民は、そのような行為をした市民がいることを誇りに思うべきだし、危険を冒してイラクに送られている自衛隊のことも誇りに思うべきだ」

 ここまででも相当驚くが、パウエルはさらにこう言っている。

「人質になったからといって『リスクを冒したんだから、それはあなたたちの責任だ』というべきではない。われわれは、彼らを救うためにあらゆることをする義務があるし、彼らのことを心配する義務がある。彼らはわれわれの友人であり、隣人だ。彼らはわれわれの仲間なのだ」

 私は公文書館に保管されている、米国務省と在日大使館のあいだを行き来した文書を見る仕事をもう10年以上やっているが、アメリカのイラク政策に大きな影響をあたえかねないこうした事件についてはとくに詳細な報告書が頻繁に国務省に送られる。国務長官も当然日本の動向を気にし、事情はよくわかっているはずだ。誘拐された人々がアメリカの政策に賛成していないことや、政府内でどういう意見があるかも知っているにちがいない。自衛隊と被害者を同列で論じるなどもってのほか、というムードが日本にあったことも知っていただろう。
 にもかかわらず、パウエルはなぜこう言ったのか。
 第一には国民性の違いとしか思えない。危険を冒して仕事をする人々を尊重するか、バカだと見るかの違いである。そして、その人の思想や信条はどうであろうとも国は国民を守る義務があると考えるかどうか。国がどう考えるべきかはわかりきったことだが、その当たり前のことが「冷たい国・日本」では政府からマスコミ、一般の人々にいたるまで思われてはいない。「アメリカ人に生まれればよかった」と思うことはこのところとくにまったくなかったが、国民にたいする態度の違いをこれだけ見せつけられてはそう思わないわけにはいかない。

       *

 動転しているなかでした発言に猛烈なバッシングが起こる反応にも驚いたが、釈放されるまえからテレビカメラが待ちかまえていて、被害者の言動を逐一テレビで流し、また過剰な反応が起こる。いまやすさまじいメディア社会になってきた。個人といえども「メディア対策」を考えて、ふだんから受けのいいルックスにしておくなどの必要があるのかもしれない。さてどうしよう?

関連サイト
TBSのパウエル国務長官インタヴュー。パウエルは、日本国内の過熱したムードに水を浴びせかけるかのように「誘拐された人々の責任は問うべきではない。誇りに思うべきだ」と述べた。国務省のサイトにもこのインタヴューの全文がある。
17日付のフランスの「ルモンド」紙(有料)にも、「どんなに無自覚に見えたとしても、日本の再出発を担うのは経済的な指標ではなくて、ネクタイ・スーツ姿のサラリーマンと夜遊び少女の狭間に現われた彼らのようなNGOの存在だ」と、拘束された人々を擁護する東京支局長の1ページそっくり使った「日本、人道主義の跳躍」と題された論評が載った。
●ジャーナリストの江川紹子氏のサイト「江川紹子ジャーナル」。これは外国人記者クラブでの被害者家族の会見の様子を伝えた4月15日のコラム「相手と手段を間違えてはいけない」。「家族が、姉が、今にも焼き殺されようとしている時、とにかく何でもして助けてくれと懇願し、要求し、叫ぶのは、人の情として自然なことではないか。冷静でいられたら、むしろ不気味だ。その表現の仕方が、感情がむき出しで洗練されていないものであったとしても、この家族が、ここまで叩かれなければならないほど、悪いことをしたのだろうか」とこの日のもうひとつのコラム「『自己責任』と想像力」に書いている。
●パウエル米国務長官のインタヴューをしたTBSの金平茂紀氏の個人マガジン「ホワイトハウスから徒歩5分」。時間制限が厳しく、緊張のあまり2番目の質問を失念してしまったとインタヴューの裏話なども載っている(4月15日)。小泉首相まで釈放後の被害者の発言をとがめるようなことを言ったまさにそのときに、日本国内のムードを相対化させる発言を引き出したのだから一種のスクープだ。

(『週刊アスキー』「仮想報道」Vol.335)

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