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2004.04.14

イラク拉致事件の責任は誰にある?

被害者やその家族も受動的な存在ではなくなってきて、
同情一辺倒ではなく、その責任を問うメディアもある。
メディアはいったい誰の立場を代弁する存在なのか。

●自作自演説まで飛びかって

 3人の人質がようやく釈放された。家族や友人たちが、テレビからインターネットまでさまざまなメディアを使って必死の訴えをしたこともあり、国境を越えた同情が集まった一方で、その責任を問う声もあがっている。
 朝日コムによれば、拉致されたひとり、高遠菜穂子さんが開いていたウェブ・マガジンの掲示板は批判や中傷が集まり、事件が明らかになって1時間たらずで閉鎖せざるをえなかったという。その後、掲示板だけでなく、ウェブ・マガジンそのものも休刊になってしまった。
 さらに、ネットの掲示板などでは、自衛隊を撤退させるために自作自演の誘拐劇をやったのではないかという書きこみまで飛びかった。当初、被害者家族が声高に自衛隊撤退を政府に要求したことも派遣賛成派の反発をかい、こうした書きこみを勢いづかせているようだ。自宅前で高遠さんのお母さんが、「菜穂子たちへの多くの支援に感謝しています。ただ、若い娘と息子の記者会見での感情的な発言が誤解を招いているようです。追いつめられた状況の中で声を荒立てることを、そばでいさめることのできないもどかしさを痛感しています。どうか2人の心情をくんでやってください」と声を詰まらせて語っていた。このお母さんの心情がよくわかってなんとも痛ましかった。
 解放されずに時間がたって、ネットで飛びかう自作自演説をとりあげるメディアも出てきた。自作自演を信じないまでも、マスメディアや政治家などから、解放声明で日本国内の「街の声」に触れられているなど国内の事情に詳しいようであることなどをいぶかる声もあがっていた。
 さらに、被害者やその家族の責任をはっきりと問う新聞社説もある。読売新聞は4月13日付の社説をこう結んでいる。

「人質の家族の言動にも、いささか疑問がある。記者会見で、公然と自衛隊の撤退を求めていることだ。  人質の安全を望むのは、家族として、当然だ。だが、武装グループの脅しに応じ、政府の重要政策の変更まで求めることが、適切と言えるだろうか。  日本は容易に脅迫に屈すると見られ、日本人へのテロや誘拐を誘発する危険がかえって増大する。  事件の再発防止にも努めたい。  政府は、昨年来のイラクからの「退避勧告」に加え、今年だけで十三回も注意喚起の情報を出し、民間人の退去を求めている。三人は事件に巻き込まれたのではなく、自ら危険な地域に飛び込み、今回の事件を招いたのである。  自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である」

 退避勧告が出ていたにもかかわらずイラクに行ったのだから「自己責任」はもちろんあるだろう。しかし、だからといって彼らの行動が無責任で「深刻に反省すべき」ことなのだろうか。

●真に「無謀で無責任」なのは誰なのか

 誘拐犯たちがメッセージを出す窓口になったカタールのテレビ局「アルジャジーラ」のサイトでは、釈放を求める拉致家族の様子を伝えるとともに、米軍の攻撃によるファルージャの被害をなまなましく写真入りで報じている。ファルージャの掃討作戦による死者は700人を超えていると言われている。米英の占領当局が任命したイラク統治評議会のメンバーなどからも「これはやりすぎだ」と反発が強まっている。アルジャジーラのサイトには、血だらけになった子どもの写真も数多く混じっているが、このままいけば家族を殺されると思った人々が、人質をとってでもなんとかくいとめようとするというのはいかにもありそうなことだ。
 イラクの惨状はファルージャ侵攻以前から始まっている。アメリカは、半世紀以上まえの日本占領のときには何年も前から周到な準備をしていた。その同じアメリカとはとても思えぬほど、それこそ「無謀で無責任」、きわめて楽観的な見通しのもとにイラクに攻めこんだ。そして、多くの人がまさに懸念していたとおり収拾がつかなくなってきた。こうしたイラクの状況を知ってイラク市民を助けたいと思った若者が出てきたとして、それが「無謀で無責任な行動」として「深刻に反省すべき」ことなのか。

●個人の論理と国の論理

 この読売新聞の社説は異様なまでの「国家の論理」で書かれている。
 引用した部分にあるように、拉致犯たちの要求にしたがって自衛隊が撤退すれば、「日本は脅しに弱いとますます思われ、日本人はターゲットとしてねらわれてきわめて危険なことになる」というのはそのとおりだと思うが、読売の社説が自衛隊撤退をすべきでない理由として前面に押し出しているのはじつは別のことだ。この日の社説でも前半に書かれている。第一の理由は、「日本が今、自衛隊を撤退させるようなことがあれば、国際社会の結束が瓦解する引き金にもなりかねない」というものだ。撤退すれば「国際的に大きな衝撃が走るだろう」と書いている。読売は、「国際社会の中で日本が果たすべき責務」(9日)「国際社会の一員」(10日)という言葉を使って、連日のように日本のとるべき道と重ねて事件を論じている。
 「国際社会」と曖昧な書き方をしているが、フランスやドイツ、ロシアなど派兵していない国との結束が壊れるわけはないから、正確に書けば「アメリカとの結束」であり、さらに正確には、アメリカがこぞってイラクの現状を好ましく思っているわけではないから「ブッシュ政権との結束」ということだろう。つまりより実態に即していえば、「日本が今、自衛隊を撤退させるようなことがあれば、ブッシュ政権との結束が瓦解する引き金にもなりかねない。ブッシュ政権に大きな衝撃が走るだろう。日本には、自衛隊撤退という選択肢はない」ということになる。
 ブッシュ政権のために自衛隊がイラク支援を続ける必要はないと思うが、そもそもこの読売の主張は国家の論理であって、個人の論理ではない。「ここで誘拐犯に屈服すればほかの人々も被害を受けるかもしれないから我慢してくれ」というなら我慢もしようが、「国際社会の結束」にせよ「ブッシュ政権との結束」にせよ、国のメンツのために殺されたのではかなわない。
 もちろん個人も国家の一員だが、当然ながら国家の一員としていつも行動しているわけではない。国家よりも家族のことを優先するということはきわめてありそうだし(だから、ほんとうに撤退すべきかどうかは別として、「生きたまま焼く」と脅された被害者家族が「撤退してくれ」と要求する心情は十分理解できるものだろう)、国の考えとは違う主義や主張を持つこともある。法に反しない範囲でどちらを優先するかということは、いちいち面倒くさく考えないでもわれわれはそれをやっている。
 誘拐されるかもしれないのにボランティアやフリーのジャーナリストがイラクへ行くのは国にとっては迷惑かもしれないが、こうした活動もあってアラブの人々から友好的に見られていることも確かだろう。長い目で見ると、危険をおかしてイラクへ行く彼らの行動と、日本政府の行動のどちらがより国のためになっているかもわからない。
 若い世代の失業率は高い。就職しても過酷なばかりで夢もない、となれば、国が何を望むかに関係なく、少々危険でも自分たちを必要としてくれているところに行こうとする若者は今後ますます増えていくだろう。新聞社は、若い世代の新聞離れを心配しているが、個人よりも国の都合を優先するような社説を書いていたのでは、ますます新聞離れの若者が増えていくのではないだろうか。

関連サイト
●誘拐された今井紀明さんが市民記者をしていたインターネット新聞『JanJan』。JanJanはアラブの主要紙に、今井さんが劣化ウラン弾の問題をめぐって活動してきたことなどに触れたイラク市民へのメッセージを寄稿し、10日付け朝刊の一面に掲載されたという。
●誘拐された人々の責任を問う4月13日付の読売新聞の社説。逡巡しているような社説を載せている朝日新聞はもちろん、産経新聞などと比べてもはるかに勇ましい社説を連日のように掲載している。
●高遠菜穂子さんのホームページの掲示板閉鎖を報じた朝日コム。朝日は9日には、誘拐犯の要求を「突っぱね続ければ、3人の身に危険が及ぶだけでなく、同種の事件を誘発する恐れがある」と書いたが、10日には「脅迫では撤退できぬ」、11日には「米国に自制を迫れ」と揺れ動く複雑な心境をのぞかせる社説を載せている。

(『週刊アスキー』「仮想報道」Vol.334)

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