ウェッブと本の関係はどうなる?
『「ネットの未来」探検ガイド』という本を書くために、昨年の夏から冬にかけてウェッブがどう変わっていくかをあれこれ考えていた。その本でとりあげたのは、グーグルなどの検索技術に始まって、ネット上のアーカイヴ、ウェッブ翻訳やファイル交換ソフトなどさまざまだが、そうした技術をめぐっていて、いよいよはっきりと感じたことがある。それはひと言で言えば、ウェッブ・ページがますます相互連関を強め有意味な情報媒体になっていくということだ。
いうまでもなく、個々のウェッブ・ページは、作者がそれぞれの思いをこめて作ったものだが、てんでんばらばらに作られたはずのウェッブ・ページをまとめてひとつの構造物としてあつかう技術が次々と生まれている。たとえば、検索もそのひとつだ。こうした技術がなければ、ウェッブはリンクをたどるしかなく、いわば一筆書きの世界だが、検索によって、ウェッブの世界をまるごとデータベースとして使えるようになった。
また、「インターネット・アーカイヴ」というサイトは、世界中のウェッブ・ページを時間を追って保存し、縦横に検索する技術を公開している。こうした試みは、ウェッブを、過去のページまでふくめた時間横断型のデータベースにする。
さらに、ウェッブ翻訳は、ウェッブのデータベース化を言葉の壁を超えて押し進める。たとえば米グーグルなどの検索結果ページでは、ヒットした外国語サイトをウェッブ翻訳して表示する仕組みができている。グーグルは、日本語についてはまだこうしたサービスを始めていないが、ウェッブでは言葉の壁が少しずつ超えられようとしている。
これらの技術とはまた別に、ウェッブのデータベース化は、意識的にも進められている。ウェッブはもともと欧州合同原子核研究機構(CERN)のバーナーズ・リーという人物が作ったものだが、彼ワールド・ワイド・ウェッブ・コンソーシアム(W3C)という国際組織を作り、ウェッブをさらに改良する活動を精力的に続けている。このコンソーシアムでは、「セマンティック・ウェブ」(「意味を持つウェッブ」などと訳されている)と名づけた次世代のウェッブを作り出そうとしている。HTMLという表示言語で書かれている現在のウェッブ・ページは人が読むために作られているもので、ウェッブ・ページに何が書かれているか、コンピュータが読みとることはむずかしかった。セマンティック・ウェブは、ウェッブ・ページの情報をコンピュータが読みとれるように表記することで、ウェッブ情報の自動処理や相互参照を可能にする。
オンライン・ショップなどにはまず利用できるが、それだけではない。たとえば、半径三キロ以内のこれこれの診療をしている病院で、評判のいい医者を選べといったことをコンピューターに命じ、ウェッブ・サイトを検索して情報を拾い集めるといったことができるようになる、とバーナーズ・リーは説明している。さらにさまざまな電化製品などもウェッブのネットワークに組みこんで自動処理することまで考えている。セマンティック・ウェッブは、雑多な情報を飲みこみ、それを独自の方法で編み、新たな情報として提供し、そのうえ自動化されたアクションもこなす構造物になることをめざしている。
こうした情報の構造物はとりあえず書物と別もののように見えるが、もちろん知的作業にも利用される。たとえば、セマンティック・ウェブのごく初歩の技術を使って、登録したサイトの更新情報について、見出しや要約、それぞれのページへのリンクなどを集めて表示するソフトができ普及し始めている。メディアや個人のサイトの新しい情報を簡単に集められる。
容易に情報を収集し再利用することが可能になったウェッブがより強力な知的媒体になっていくことはまちがいない。そうなれば、これまで数千年間、知識のひな形と見られてきた書物に代わって、ウェッブがその地位を占めていくという可能性はますます大きくなりそうだ。書物を対象とする仕事をしてきた人間にとっては残念だが、もし長い目で本の運命を考えるのであれば、このような技術的発展を見つめる必要がある。
結局のところ、書物の世界は、どんどん強力になっていくこうしたウェッブの一部になることを受け入れるのだろうか。それとも孤立したメディアとして生き残ることを選ぶのか。
前々回、米アマゾン・コムが本の全文検索サービスを始めたという話を書いたが、グーグルもまた本のコンテンツを横断検索できるサービスを開始した。グーグルの検索ウィンドウに、site:print.google.comに続いて検索キーワードを入れると、本が横断検索され、その言葉をふくむ本の抜粋が読める。まだ実験段階だが、ともかく英語の本は、こうしてウェッブのなかに組みこまれることを受け入れ始めたようだ。日本語の本ははたしてどういう選択をするだろうか。
(出版ニュース 2004年1月下旬号)
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